身を清めた男と永遠に共に


ハリー・ポッターが例のあの人に勝利した。

それがどうした、私には関係ない。

歓喜に沸く大広間を掻き分け、件の英雄へと詰め寄った。


「スネイプ先生はどこ!?」


一気に静まる場を気にも止めず、英雄だけを見つめる。


「そうだ、叫びの屋敷!行こう!」

「そうだ?忘れてたの?あの人のお陰で生きているくせに!誰も来ないで!…私が行く…」


今度は人を掻き分けずに済んだ。
人垣は割れ、愛しい人への一本道を作り出す。
グラリと世界がブレたのは疲労か呪いか。
それでも生まれながらの相棒を叱咤して、右左右左と意識せずとも素早く動かす。


叫びの屋敷へ、

どうしても、

スネイプ先生に会いたい!


ボロボロになったホグワーツは古の守りも崩れ、回転に合わせてバチンと音を許した。


「レダクト(粉々)!」


愛しい人が壁の向こうにいないのを確認してから入り口を探す手間も惜しんで杖を振るう。


「セブルス!セブルス!!」


聞こえる返事などあるはずもなく、屋敷を隈無く駆けずり回る。


そして一階のある部屋でとうとう見付けてしまった。
血溜まりに沈みぐったりと横たわる愛しい姿を。


「セブルス!…セブルス……」


洩れ出るのは愛しい名前ばかり。


恥ずかしくって面と向かっては呼べなかった先生の名前、聞いていないところでは何度も繰り返し叫んでいた。

心で、

ここで、

返事のない愛しい名前。


崩れそうになる膝をなんとか踏ん張って、血溜まりの境界ギリギリまで近付く。
ぬらぬらと照る命の欠片はまだ固まりきっておらず、溢れたばかりの生々しさと溢れた量の多さを語っていた。


「モビリコーパス(体よ動け)」


かつて確かに彼を構成し彼を息づかせていたものを踏みたくはなくて、少し離れた場所から呪文をかける。

しかし一向に発動する気配はない。

彼に認められたくて、彼に追い付きたくて、首席にまで上り詰めた私が、例え動揺していてもこのくらいの呪文を違えるはずがないのに。


魂を失った器は、「体」ではないというの?


ようやく彼の死を、眠っているのとはわけが違うその身体を認識して、涙が溢れた。

かつてはこれを拭ってくれる人がいた。


ねぇ、先生。
私、今泣いてますよ。
拭ってはくれないのですか?

ねぇ、先生。
私はここにいますよ。
抱き締めてはくれないのですか?


「ウィンガーディアム・レビオーサ(浮遊せよ)」


初めて覚えた浮遊の呪文。
気持ち悪くて触れなかったネズミの尻尾を浮かせたとき、あなたはとても怒ったのを覚えていますか?
あのときは角ナメクジが精一杯だったけど、今はあなたの身体だって浮かせてしまえます。


固くなり始めた冷たい身体を抱き締めて、そっと頬を撫でる。


私はこうされるのが好きでした。
かさついた手がくすぐったくて、あったかくて。

体温の低いあなたは私に触れるため、手を温めて待っててくれたこと、知っていました。
恥ずかしくて言わなかったけど、それはお互い様。

突然お邪魔してもいつも温かかったのに、先生でもうっかりすることがあるんですね?


首に添えたあなたの手は必死に生きようとした証。
例えそれが私のためじゃなくっても、
生きた理由が他にあっても、

あなたが生きてくれてさえいればそれで良かった。


リリーさんのことを話してくれた日、
あなたは申し訳ないと何度も謝ってくれました。
でもあの時は本当に、気にしてなかったの。
だってあなたは素敵な大人の男性で、
過去はつきもので、

リリーさんのお陰で会えたようなものでしょう?


先生、リリーさんには会えましたか?


ダンブルドア先生がいなくなって、あなたが再びホグワーツへ戻ってきてから、一度だけ、個人的にお話しできましたね。
あのとき既に、こんな日が来ることを予想していたのですか?
泣いた私を突き放したのは、この日のためですか?

私はあなたを困らせてしまいました。
苦しめていたのかもしれません。
でも苦しんでくれていたなら嬉しいとさえ思ってしまうのです。


大好きな私のセブルス。


血が流れ出て尚重い身体を抱き締めて、目一杯身体を捻る。
バチンと音をさせ着いたのはスピナーズ・エンド。
一度だけ連れてきてもらった先生の家。
家主を抱え、居間に直接現れる。

二階の寝室へ運び、固まった身体を魔法で解す。
ふにゃりと力の抜けた身体はトレードマークの眉間までもが柔らかく、それでも長年染み付いた溝は消えない。


「着替え、しますね」


クローゼットから今着ているものと代わり映えのしない真っ黒な服を取り出した。
それを彼の横に寝かせて、顔にかかった髪を払う。
そして血で貼り付いた服を少しずつ丁寧に脱がした。

何度か見た引き締まった身体。
語ってはくれなかった古傷。
最後まで見せてくれなかった左腕。
私を遠ざけるために見せ付けた左腕。


ごめんなさい、先生。
本当はとても怖かった。
印が何だ今を見ているから関係ない、と大見得切ったのは、きっとバレていましたね。
自分で見せておきながら、先生は私より辛そうでした。


濡らしたタオルを用意して、血の付いた身体を清める。
首の傷口は抉ってしまわないよう細心の注意を払った。
私の残した爪痕も、真似をしてつけたキスマークも、もう痕跡すら残っていない。

一回りも大きな身体に服を着せるのはとても骨の折れる行為だった。
途中、用意した綺麗な服のポケットから出てきた紙をサイドテーブルへ退け、自身に凭れかからせたり、仰向けとうつ伏せを繰り返したり、試行錯誤しながらも、なんとか終わった。

仕上げとばかりに額にキスをして、サイドテーブルのメイク道具に手を伸ばす。


私が忘れていったファンデとリップ。
子供騙しの気休めなのに、あなたは必要ないの一点張りでしたね。
結局返してはくれなかったクセに、きちんと置いてあるなんて。
まさかこんなところで役に立つとは思いませんでした。


軽く塗って、いつもより血色が良いくらいに仕上げてあげる。
きっとあなたは嫌がるでしょうね。
でも私のために、今は我慢してください。

こうしているとまだ寝ているようで、
今にも起き出しそうで、


『何を泣いている』


って焦ったような呆れたような困った顔で手を差し伸べて、涙を拭ってくれそうで。

そっと手を取りその長い指に頬を擦り寄せた。


悲しみはこの先も続いていくのに何故だか涙が止まってしまい、私はサイドテーブルへ目を向ける。
そこにはメイク道具と先程ポケットから出てきた紙。
紙だと思ったのは薄っぺらい封筒で、秘密を覗いてはいけないと思いつつ、手に取った。


『リリーへ』


綴られていたのは私の名前で、

綴られていたのは愛するあなたの筆跡で、

私は再び頬がツーッと冷えていくのを感じた。


『リリーへ


君ならこの手紙を見つけてくれると信じていた。

私は君にとってどんな人間だっただろうか?
きっと碌な男じゃなかっただろう。
今だって悲しむ君の涙ひとつ拭ってやれない。
そして私は君のために死ぬことも、君のために生きることもしてやれない。

それでも私は君を愛している。

傷付けて、突き放して、裏切っておきながら、
自分でも勝手だと思う。
こんな手紙を残すのも、自己満足でしかない。

それでも私はリリーを愛している。

もう人を愛することなんてないと思っていた。
私は独りで構わないと思っていた。
命なんてどうでもいいと思っていた。

でも今は、君に触れられなくなることが怖い。
君の声を聞けなくなることが怖い。
君に忘れ去られてしまうことが怖い。

この手紙を読めば、君は私を忘れられなくなるだろうと期待している自分がいる。
私は狡猾なスリザリンだ。
そんな私に愛されてしまったことを、一生覚えて生きてほしい。

いつかまた巡り逢える日まで。


愛を込めて セブルス・スネイプ』


流れ出た涙はやがて洪水のようになり、私は眠る先生にすがり付いてわんわんと声をあげて泣きじゃくった。
長い長い時間泣いていた。
カーテンの引かれたこの部屋では、今が朝か夜かも分からない。


ねぇ、先生。
私さっきからお腹が痛いの。
ズキズキして先生の手の感覚もなくって。
こんな痛み、先生のに比べたら何てことないでしょう?
だから大丈夫って誤魔化してきたけれど、そろそろ限界みたい。

ねぇ、先生。
私は癒者志望じゃなかったから手当ては半人前で、
いつだったか私の怪我を治療してくれた先生の足元にも及ばない。

ねぇ、先生。
忘れられるわけないでしょう。
大好きで大好きで愛しているセブルスを。
でも生きてほしいって言われても、それはちょっと無理な相談かもね。


ねぇ、先生。

呆れる前に、両手を拡げて待ってて、






Main



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -