気怠げな空気の中、凛と身体中に染み渡る愛しい声が響く。
「…伝達事項は以上だ。ここからはダンスの練習を行う。スリザリンには名家の出も多い。自身の腕前が申し分なく、スリザリンに恥じぬ自信があるものは帰って宜しい」
パラパラと人が減り、残ったのは半分ほど。
その多くを下級生が占め、ここで七年育った私はハッキリ言って浮いている。
「ミス・エバンズ、君も踊れるのではないかね?」
「はい、先生。しかし申し分ない腕前でスリザリンに恥じぬ自信があるかと問われると、私はここへ残るべきだと判断しました」
姿勢を正してハッキリと告げる。
でもきっとスネイプ先生はお見通しだろう。
私がここにいたいだけだと。
先生に構われたいだけなのだと。
それでも先生は追い出さない。
それが彼の優しさであり、七年間追いかけ続けた私への諦め。
「ならこちらへ。手本を手伝いたまえ」
「はい、先生。喜んで」
最上級の笑みで、差し出されたその手を取る。
少しかさついた骨張った長い指に自分の指を絡めた時のひんやりとした体温は忘れない。
私の七年は、今この瞬間のためにある。
そう思えるほどに素晴らしい時間だった。
クリスマスパーティに踊りたいなんて幻想を抱けるほどもう子供ではなくなってしまっていた。
この日なら、今日だけは、夢が夢でなくなるかも。
少しの光にすがるように、スリザリンらしくもない見え透いた嘘で居座った。
ダンスは一人じゃ踊れない。
たくさん残った不格好な下級生より、
含みのあるけばけばしい目で見つめる他の上級生より、
胸にPのバッジを光らせた私の方が、
あなたの相手に相応しい。
そうでしょう?
「やはり踊れるではないか」
「はい、先生…」
ワルツ一曲なんて短すぎる。
でもこのくらいが私と先生にお似合いの長さ。
ターンの度に擽る薬品の香りも、低い体温も、間近にある横顔も、今は遠く離れてしまった。
同時にこの長い片思いも終わらせなければならない気がして、知らず知らずのうちに思いが競り上がる。
「ここへ残る必要はない、ミス・エバンズ」
零れてみんなの前で恥をかく前に、スネイプ先生が然り気無く私の涙を掬っていく。
優しくて、優しくて、残酷な人。
あなたの袖を濡らしたその水に、どれだけ私の思いが詰まっているか知ってるクセに。
「ペアを作りたまえ」
こっちを見ない先生の前に飛び出して、驚く彼の手を取った。
振り払われないことに気を良くして、ぐいっと腰を近づける。
「監督生は先生のサポートをするのが務めですから」
涙の乾いたこの目で見つめ、にんまりと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
いつまでも聞き分けのよい私でいるのは止めにしよう。
わざと指を絡めてみたり、
わざと私の香りを振り撒いてみせたり、
上目使いは得意なの。
怒ったあなたも嫌いじゃないわ。
さぁ、足を踏んだらごめんなさい?
差し出した手に重なった細く白い手は震えていた。
いつも強気な彼女の瞳が揺れる。
そのくせワルツは完璧で、
幸せを噛み締めるように踊ってみせる。
すべて自分がさせているのだと思うと、気のない何かが掻き立てられた。
暗に帰れと伝えても、君は残ると分かっていた。
絡み付く指も、
覚え込まされた君の香りも、
得意な上目使いも、
私を狂わすにはまだまだだと、いつか教えてやらねばなるまい。
エスコートはこちらの役目。
精々足を踏まずに踊ってみるがいい。