スピナーズ・エンドから程近い寂れたバーで、適度な距離を保った男女が一組。
カウンターの隅に陣取り残暑を払うようにグラスを傾ける。
「毎年必ずいるのよ。薬を飲みたくないってごねるマグル生まれの一年生が。何が入っているのか教えるまで飲まないって言ったくせにいざ教えるとそんなもの飲みたくないって」
「自己管理を疎かにしたくせに生意気な」
「あら、セブルスだって嫌いじゃない、魔法薬」
「何を馬鹿な。私は魔法薬学教授だ」
「作るのと飲むのは違うって、医務室行きたがらなかったくせに」
「昔の話だろう」
「よく看病してあげたわね。懐かしい。今じゃちっとも頼ってくれない」
「教師が医務室の世話になるようでは威厳を損なう」
「シニストラは私の元気爆発薬を飲みに来たわよ」
「彼女は威厳を振り撒くタイプではなかろう」
「自分で調合して飲むのは良いわけ?」
「な…っ!」
「分かるわよ。何年診てきたと思ってるの?」
「その時に言えば良かっただろう。趣味の悪いやつめ」
「言ったって認めないくせに」
「そうとは限らん」
「限るわ。私、あなたよりあなたのこと知ってるもの」
「くだらんな」
「そうね、誰かがワインに戯言薬を入れたみたい」
見せ付けるように手首をぐるりと回せば、赤く波打つワインを飲み干す。
くっきりと浮かんだ彼の眉間にクスリと笑った。
「何だ?」
「随分と丸くなった」
「どういう意味だ」
「昔のあなたも素敵だったけど、今のあなたもうんと好き」
「本当に戯言薬でも入ってたんじゃないか?」
「そうみたい」
空になったグラスにコツリと爪を当てる。
これが効いてる間は何を言っても元通り。
「この先もずっと、あなたの隣で呑んでいたい」
「私が呑みに行くのは君くらいだ」
「セブルスは人付き合いが悪過ぎるのよ」
「時間の無駄はしない」
「あら、私とは?」
「酒と肴による」
言葉を詰まらせることなく紡ぐあなたが愛おしい。
あなたの一番は永久欠番。
二番目を狙おうかと思ったときもあったけど、今は友人としての一番に満足している。
酒が入れば少しだけ戯言薬を飲んでしまうけど、この時間を壊すほどの戯れは慎んでいるつもり。
ねぇ、気付いてる?
二人きりの時のあなたはうんと優しく笑うの。
酒に酔った私の見間違えなんかじゃない。
酒に酔ったあなたの腑抜けた筋肉のせいかしら。
少しでも長くこの時間が続けばいいのに、なんて。
態とゆっくり呑んでみたり、たくさんおかわりしたりして、健気に時間を引き伸ばす。
私って結構可愛い女なのよ?
何度目かの夏休み。
家へ帰ってすぐバーに呼び出された。
相手はいつもの同僚。
散々ホグワーツで顔を合わせるくせに、休みにまで会おうとは。
呆れながらも承諾するのは彼女が気心知れた仲だから。
それは私にとって唯一で、最初で最後のただ一人。
マグルの溢れる地元のバーで、いつもよりタイトな洋服に身を包んだ女が手を挙げる。
自分が来るまでの暇潰しに使われた男が軽くあしらわれる姿に優越感を感じながら、私は彼女の隣へ座る。
卒業後に癒者の資格を取りホグワーツへ舞い戻ってきた彼女の愚痴は、専ら生徒の病気や怪我に関するもの。
それが終わると学生時代の思い出に浸る。
毎度毎度良く飽きないものだ。
それを聞き続けている自分は相当なお人好しだったと彼女と呑み交わすようになってから知った。
彼女はリリーのことを知っている。
私の中で未だ枯れずにいる花を。
しかし彼女は知らない。
花はもう一輪咲いていることを。
スピナーズ・エンドから程近い寂れたバーを、ほろ酔い出ていく男女が一組。
付かず離れずを繰り返し、それでも影は交わらない。