ハロウィン


まだカーテン越しの明かりもない時刻に目が覚めた。灯したままの小さな灯りに浮かぶセブルスの寝顔はとても穏やかなもの。しっかりと身体へ回されたままの彼の手に笑みが溢れる。


「セブルス」


起こさない程度にそう囁いた。僅かに力の入る腕に彼を窺うが、いつかのように寝た振りをしている様子はない。もう一度寝直そうと彼へ身を寄せその温かさに深く息を吐く。


「おやすみなさい、セブ」


呼ぶことのない彼の愛称。再び微睡みかけた頭で口にした。


「リリー……」


しかし返されたのは私以外の名前。この愛称は恐らくエバンズだけに呼ばれていた。それに日付はとうに変わっているだろう。


今日は彼女の――


セブルスからは規則的な寝息が続いていた。魘されている様子もない。そのことに安堵して、彼の心音を聞く。トク、トク、と確かにここにいる証。過去を抱えながらも、彼は生きることを選び続けてきた。

心のままに私からも彼を抱きしめて、再び眠りへついた。






何かが聞こえて目が覚めた。白み始めた外の世界。腕の中で眠るリリーは、魘されていた。


「リリー?起きろ、リリー」


涙こそ流していないが、苦しげなその表情からは頻りに「お母さん」と漏れていた。

彼女も私も抱え続けるしかない過去がある。彼女が夢で見ているのは、母親との最後の瞬間だろう。こうして共に眠るようになってからも何度か魘されているのを聞いた。その度に揺すり起こし、ホッと緩む彼女の表情を見て再び眠る。


「セブルス……私、また?」


やっと水面へ浮かび上がれたような表情で、私の名と共に彼女が深く息をした。その額へ口づければ、ゆるりと彼女の口角が上がり、釣られて私も薄く笑みを作る。


「起こしてくださったんですね」

「あぁ。水は?」

「ありがとうございます。でもあなたがいれば他は必要ありません」

「……そうか。ならばもう一眠りしておけ」


彼女の髪を梳き腰へと回す。抱き寄せるまでもなく、彼女の方から距離を詰めてきた。密着し、お互いの境目が混じり合うような錯覚を覚える。

呟くように「おやすみ」と言い合って、再び眠りへと落ちた。






ハロウィンの朝は雲の多い空で始まった。魔法ラジオからは流行りの曲が聞こえ、ハロウィンの天気やコンサートの情報が流れている。午後には雨が降るらしい。朝食用の卵を割りながらセブルスを待つこの時間が私は好き。


「おはよう」


蝶番の軋みのあとに聞こえた少し掠れた彼の声。ベッドで聞くよりも眠そうに感じるのは、きちんと整えられた服装とのギャップからだろうか。


「おはようございます。スクランブルエッグで良いですか?」

「あぁ」


振り向いたとき、彼はあくびを噛み殺していた。今日は私のせいで早朝に起こしてしまったから、そのせいもあるのだろう。申し訳なさに謝ったところで「気にするな」と返されてしまうだけ。こういうときはセブルスの好きなものを一品増やすことにしている。


「今日はどう過ごされる予定ですか?」

「いつも通りだ」

「もしゴドリックの谷へ行かれるなら、私もご一緒させてください」

「あそこへ行く気はない。手向けの花は山ほど届くだろう。それに嫌な顔と鉢合わせでもしたら最悪だ」


本当に心底嫌そうな顔をして、セブルスはどかりと椅子へ座った。しかし朝食へはそっぽを向いて、背凭れへと肘を乗せる。彼の向く先にいるのは私だけ。


「たまにはポッターたちともお茶をしては如何です?」


途端、彼の眉がくっつくほど寄った。その様を見物し、クスリと笑う。


「君だけは私を理解してくれていると思っていたが?」

「買い被りすぎです。あなたの気が変わって、午後には彼らがここで紅茶を飲んでいるかもしれませんよ」

「家へ呼んだのか?」

「まさか。あなたに断りもなく呼びません。セブルスも私を理解できてはいませんね」

「全てを理解できる日が来るとは思わん。私のためと言い、君は何でも成し得てみせる」


それはお互い様では?という言葉は呑み込んで、セブルスの出してくれた皿へスクランブルエッグを盛り付ける。


「ハロウィンと言えば『トリック オア トリート』という決まり文句をご存じですか?」

「知識としてなら」

「良かった。なら話は早いですね」


リリーはニヤリと笑みを作り、両手のひらを差し出した。スネイプは一度視線を落とし、立ったままの彼女を再び見上げる。


「なんだ、この手は?」

「そのローブにお菓子が入っている日なんてありましたっけ。何か悪戯を考えた方が良さそうですね」


勝ち誇った表情で朝食の仕上げへ取りかかろうとするリリーを、スネイプの右手が引き止める。差し出されていた手が下がりきる前に掴み、その頬にはニヤリと企みが映った。

彼がグッと手を引くと、大した抵抗もなくリリーの上半身が傾いた。彼女が咄嗟に空いていた手をスネイプの肩へとついて、顔同士が触れ合う直前で止まる。見開かれた彼女の瞳と僅かに細められた彼の瞳。


「セ、セブルス?」

「セブ。夢でそう呼んでくれたのは、君だった。振り返るまではてっきり……まぁ夢の話は後だ」

「セブ……」


噛み締めるようにリリーが呼ぶと、返事をするように彼が淡く微笑んだ。


「あの決まり文句はマグルの言う悪霊とやらを適当にもてなして追い返すものではなかったか?ならば私は君をもてなすわけにはいかない。甘んじて悪戯を受けよう。それで君を引き止められるならば」


繋がれていた手がほどけ、指を交互に絡め合う。手のひらを一層強く密着させれば、速まる鼓動が聞こえるような気がした。お互いだけを瞳に映し、ただ息づかいを感じる。


やがてスネイプがクツクツと喉を震わせ、リリーはハッと我に返った。起こす身体をもう彼は引き止めようとしない。


「もう!悪戯をするのは私です!」

「だが私は心にもないことを言ったわけではない」


まだ彼の感触が残る手の甲を、彼の長い指が辿る。


「分かっています。私はお菓子に満足してあなたから去りはしませんよ」

「分かっている」


再び距離が近付いて、リリーが腰を屈める。唇が触れ合う寸前、彼女はスッと軌道を変えた。辿り着いたのは、スネイプの額。


「これが君の悪戯か」


不満げな声を隠すことなく、スネイプは眉間からもその物足りなさを訴える。


「まだまだこれからです」

「――何だと?」


今日という日に私といつも通りを過ごすあなたへ。

愛を込めた悪戯を!






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