とある教師との思い出


七年生は個々の授業が難しくなる代わりに教科数自体は減る人が殆んど。私も例に漏れず、週の四分の一くらいは空き時間。重い課題かお菓子を食べて過ごすことが多いが、今日は後者な気分だった。


「課題終わったなら見せてよ」

「癒者になる夢を諦めたならね」

「気合いの入る言葉をありがと」


全く心の籠らない言葉と共にベッドへ寝転んでしまった友人へクッションを投げる。甘やかしてはいけないと思いつつも羊皮紙の明らかな間違い箇所へ下線を引いた。


「ありがとう!」

「スペルミスは自分で見つけなよ?」


再び集中し出した友人を横目にチェック柄のクッキー缶を開ける。咥えてサクリと割れば、ジンジャーの強い風味が口いっぱいに広がった。

グリフィンドール塔からは校庭がよく見える。ハグリッドやケトルバーン先生、夜には抜け出した生徒の姿も。今日は何が見えるだろうかと考えて、ギシリとベッドのスプリングを軋ませた。

そこにいたのはスネイプだった。グリフィンドールの天敵の。こんなにも春の日差しが似合わない男が何故外へ。はめ殺し窓にギリギリまで近付いて、その黒衣の行方を追った。

もう少しで窓の死角へ入ってしまう。その直前で、スネイプはピタリと足を止めた。


「ねぇ、カメラ持ってたよね?」

「え?」

「カメラ。貸してくれない?」

「いいけど、何撮るつもり?」

「スネイプ」


ブーイングには無視をして、出されていたカメラをひょいと強引に借り受けた。まだ窓枠に収まっていたスネイプへ、私は躊躇いもなくシャッターを切る。


「どうしたの?スネイプを撮るなんて、勉強のしすぎ?」

「かもね」


友人には苦笑いを返した。カメラの知識なんて全くないが、なんとなく、被写体として完成された姿に見えたのだ。窓越しの、芝生に佇む黒衣。足元に留まった影から這い出してきたような、沈む直前のような。


それからは勉強の息抜きとして寮の窓から外を眺める日が増えた。昼も、夜も。あの日の黒衣は滅多に見ない。どうやら定期的に禁じられた森へ入っているらしいことまで突き止めて、自分は何がしたいのだろうかと苦笑した。

NEWT試験を終え卒業まで一週間を切った頃。周りは後悔しないよう「やり残したこと」を探し始めた。

やり残したこと。やってこなかったこと。

そう言えば、私はこの七年間、規則を破ったことがない。破りたいとも思わなかったが、夜の散歩は魅力的だ。雲の厚い今日なら私の姿も隠してくれるはず。いつだったか寮から見た恋人たちのように甘い夜ではないものの、未知への冒険にワクワクした。

夜中に抜け出すのは想像よりも簡単だった。グリフィンドールにはそういったことに詳しい子もいる。


「ルーモス」


夏の夜風に煽られながら、校庭を禁じられた森へ向かって歩いた。立ち止まったのは、あの日スネイプが止まった場所。何故か持ってきてしまった写真と見比べて、彼が見ていたものを探す。しかし夜のせいか、さっぱり分からなかった。或いは、もうないのかも。


「グリフィンドール十点減点だ、ミス・エバンズ」


突然現れた声に肩を震わせ、聞き覚えのある嫌な低音に怖々と振り向いた。くしゃりと折れてしまった写真をポケットへ突っ込み、無理矢理笑みを作る。


「スネイプ先生、あの――」

「何を隠した?」


減点よりもよっぽど困る。しかし目の前の蛇が逃がしてくれるはずもなく、私は腹を括るしかなかった。


「没収でしょうか?」


どうしても取り返したい写真ではないはずなのに、そう聞いた。


「盗撮とは、随分といいご趣味をお持ちのようで」


馬鹿にしたいつもの口調と心底嫌そうに歪んだ顔。私だって向こう見ずな性格なら同じ顔を仕返した。でもこの状況で優位なのはスネイプの方。規則違反も、写真も、私は従うしかない。


「被写体の趣味は疑うがな」


そう言って、スネイプは写真を突き返してきた。


「良いんですか?」

「我輩が自分の写真を取っておく人間に見えるか?」

「……いいえ」


てっきり燃やされるのかと。受け取った写真はポケットへと戻した。


「寮へ戻ります」


居心地の悪い沈黙が流れてしまわないうちにとそう切り出した。足は既に城へと向いており、スネイプの返事を待たずに踏み出す。


「待て」


しかし彼はそれを許さなかった。


「暇をもて余していたのだろう?今から罰則を行う。ついて来い」


そう言って、今度はスネイプが私の返事を待たずに足を踏み出した。彼の向かう先は禁じられた森。トロールや狼人間、ケンタウルス。色々な生き物がいる場所。怖くないわけがなかった。しかし私は勇敢な獅子。やり残した規則違反の締めに森での罰則はお誂え向きだろう。そう思うと、ニヤリと口角がつり上がった。


「気を引き締めろ。森での無謀な勇敢さは命取りになる。我輩にご両親へのお悔やみの手紙を書かせるな」

「はい、先生」


先導するには不向きな漆黒。まるで平坦な道を行くかのようなスピードに置いてかれまいと必死に足を動かす。


「月の隠れた夜に見つかるとはついてませんね」

「杖明かりも陰るほどの闇夜だからな」

「あっ!」


慣れないことはするものではない。フン、と小馬鹿にした音が前から聞こえた。


「あの写真の場所で、先生は何を見ていたんですか?」

「君には関係ない」

「じゃあ――」

「君の口は足と連動しているのか?」

「いえ、あー黙ります」




今思い出しても懐かしい。アルバムに残った折れた写真。決して振り返ることのない黒衣。もうぼんやりとしか顔を思い出せないのに、この背中だけはずっと覚えているのだと思う。

最初で最後の罰則の思い出と共に。






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