Win-Win


私はミスを犯した。あり得ないミスだった。被害者のリリーは笑って『仕方ないですよ。人間らしいあなたが見られて私は嬉しいです』と言葉をかけてくれた。私が言えばどす黒い嫌みそのものの言葉も彼女にかかれば真っ白。すべてを許容するどころか自分にとってプラスだったと言ってみせる彼女に、私はいつまでたっても頭が上がらない。


「詫びに何か一つ頼みを聞く。……可能な範囲で、だ」


途端に顔を輝かせたリリーに嫌な予感がして、慌てて一言付け足した。それでも彼女の笑みが消えることはない。不気味に感じながらも、いつも以上の頬の緩みに釣られて自分まで力が抜けた。

一体何を頼まれるのだろうか。


「マグルの街で買い物がしたいです」


なんだ、そんなことか。


「分かった。君の行きたい場所へ」




数日後、何とか時間を捻出し、彼女と共に家を出た。マグルの街に行くからにはマグルの服装に身を包まねばならない。身体にピタリと張り付き風を受け広がる布がないというのはどうも慣れなかった。一方マグル贔屓の彼女は私がホグワーツで教鞭を執る間に着なれたらしく、爽やかな淡い黄色を平然と着こなしていた。


「欲しいものでもあるのか?」


隣を歩く足取りに迷いはなく、彼女が好むウィンドウショッピングという行為だとは思えなかった。


「もう目は付けてあるんです。でも私一人じゃ買いづらくって……」


眉尻を下げ困ったように笑う彼女に目を細め、気にするなと頭を撫でる。普段何でも自分で片付けようとしがちな彼女のこの笑みに私は弱い。何でもしてやろうという気になる。




彼女が案内したのは家具店だった。

なるほど、何か大きいものなのか。マグルの面前で魔法を使うわけにはいかない。確かに彼女一人では買いづらいだろう。しかし何だ?テーブルも椅子も本棚も、買い替えるようなものは何もなかったはず。第一そういうもの買うときは、必ず彼女は私に相談する。店へ連れてくる前に。


「リリー、一体何を……」


店に入ってからも足を止めないリリーに付き添い奥へと進む。彼女は声をかけた私をチラリと振り返り、何か言おうとして、口を噤んだ。そんなに言いづらいものなのか。例えば著しく私の好みから離れたデザインだとか、給料に見合わない贅沢品だとか。彼女がそう言ったものを欲しがるとは思えなかったが、今まで私に合わせてくれていただけ、という可能性も捨てきれない。


「実は、あれなの」


店員の気配も遠い奥に来て、彼女がようやく足を止めた。スッと腕を上げ指差す先にあったのは、行儀よく売り物の椅子に座らされた狼。それも巨大な。


「ぬいぐるみ、か?」


体長はリリーと同じくらいだろうか。そのフォルムの影響で体積は彼女の二倍ほどはあるかもしれない。

リリーにそういう趣味があるとは知らなかった。生活を共にするようになり家は確かに華やかさが増えたが、ぬいぐるみは一つもなかった。自分に遠慮していたのだろうか?にしては、いきなり大きすぎる気もするが。


「が、柄じゃないのは分かってるんです!ぬいぐるみなんて欲しがる歳でもないし……。でも、その……一目惚れしちゃって……」


頬を染め可愛らしく恥じらう彼女に頬が緩む。目を伏せ経緯を語る彼女には気付かれていないだろうが、今の私は相当幸福な男に見えるに違いない。


「売れちゃったら諦めようって思ってたんです。でもこの子、ずっとここにいて。今日もまだあったら連れて帰ってあげたいな、と……家に置いても良いですか?」


私は瞬時に頬を引き締めた。計算ではないのだろうが、いや計算だとしても、彼女のこの目に見上げられ熱心に映されては断る選択肢など消え去ってしまう。幸い家に人を呼ぶ予定はない。ミスマッチなぬいぐるみがあったところで気にすることもないだろう。


「構わん」

「ありがとうございます、セブルス!」


ぐいっと腕を引かれ、頬に控えめなリップ音。礼のつもりならば場所が違う、と彼女を捕まえ紅く上品に色付けられた唇へと口付けた。はにかむリリーにほくそ笑む。

しかし彼女はすぐにぬいぐるみへ駆け寄って、幼子宛らに白い毛並みの狼を抱き締めた。面白くない。とても。第一何故狼なのだ。ぬいぐるみならば熊とか猫とか他にもあるだろう。狼は腹立たしい過去を呼び覚ます。




「ごめんなさい、セブルス。買わせてしまって」

「元々今日は私の詫びだ。気にするな」


他に用はないからと、リリーが望んだ帰り道。大きな狼の脇に手を差し入れ懸命に運ぶ彼女はそのぬいぐるみに視界を邪魔されとても危なっかしい。揺れる尻尾は引きずってはいないものの時折地面に接触してしまっている。


「やはりどこかでサイズを変えて…」

「だ、だめ!マグルの作ったものってとっても繊細なんです。セブルスの腕は信じていますが、でも……」

「分かった。ならば私が持つ。さぁ、転ぶ前に」

「良いんですか?ぬいぐるみを抱えるあなたなんて、誰にも見られたくないでしょう?」

「ぬいぐるみの隣を歩くのとそう変わらん。その代わり、君が掴むのは私の腕だ」


くたりと狼が肩にしなだれる。ようやく彼女の腕をぬいぐるみから取り返したことに眉間から力が抜けた。


「ふふっ……いえ、すみません」

「ぬいぐるみが似合わないことくらい分かっている」

「それもありますけど、そうではなくって……」


リリーの笑顔とはいえ私の顔を見て肩を揺らされれば口角も下がる。無言の圧力で続きを催促すれば、彼女は私を掴んでいない腕を伸ばし、トンと私の眉間に触れた。


「嬉しいんです。ぬいぐるみに妬いてくださったんでしょう?」


そしてまた彼女はクスクスと笑う。

「妬いていない」そう返そうとして、彼女には通用しない見栄だと思い止まる。どうせ無駄に終わってしまうのなら、何か別の実りあるものを。

そう、例えば……


「妬いた。君が好んで抱きしめる存在が私以外にいようとは、想像したこともなかった」

「えっ、セブルス?」

「これ以上君がぬいぐるみに触れているのを見ると、買ったことを後悔してしまうやもしれん。しかしこれを君から取り上げるような子供じみた真似はしたくない。そこで――」


スネイプはニヤリと笑うとリリーの耳へ唇を寄せた。そして低く甘い声を彼女の脳へと響かせる。


「君がぬいぐるみを抱きしめた分、私のことも抱きしめるというのは如何かね?君は思う存分これに触れられるし、私も醜い嫉妬などせずに済む。……おまけに君はその身が溺れるほどの愛を私から注がれる」


最後の一言は一際ねっとりと囁いた。彼女の心に貼り付いて離れないように。

大人しくなったリリーは下を向いたまま。髪から覗く耳は赤く染まっていた。スネイプはクツクツと喉を振るわせながら、つい大股になりそうな歩調を焦らすように彼女へ合わせた。






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