トム


授かりものとはよく表現したもので、切望したからといって必ず子宝に恵まれるわけではない。私はトンクスやグレンジャーほど若くはないし、どこかで区切りをつけなくてはと思っていた。それを40歳の誕生日に決めたのは、私の一存。


『どちらであっても、私が幸せであることに変わりはない』


こんな未来を予測したわけではないのだろうけど、セブルスがそう言ってくれたから、私は思いを打ち明けることを躊躇わなかった。私の夫はこの上なく頼もしい。『君がそう決めたなら』と強く抱き締めてくれたのは、女子会でも話さない私たちだけの思い出。


しかし子供を諦めたわけではなかった。

1998年5月の戦いや、それ以前からの闇陣営の台頭により、犠牲となった方は多い。比例するように、両親を失った子供も。私は魔法省に就職したグレンジャーからその話を聞き、新たな思いが芽生えていた。

それから私たちは何度も何度も話し合って、そういった子供を養子として迎えることを決めた。


片や元死喰い人

片や愛のため多くを見捨てた女


私の罪はセブルスのお陰もあり世間には見えない。しかしセブルスはそうもいかない。難色を示される可能性も高いと踏んでいたが、驚くほどすんなりと、引き受け先として認められた。誰も何も言わないが、元騎士団の面々が力添えしてくれたのではないかと思う。彼らはこうして影から私たちを支えてくれている。




担当部署と何度も面談をして、子供とも何度も話した。そうしてじっくりと時間をかけて、とうとう今日、すべての手続きが終わった。

新たな家族の名前はトム。

ヴォルデモートのせいで魔法界では嫌な印象の付いてしまったその名を持つ彼は、繊細で周りを気にかけてばかりいる男の子だった。

もうすぐ10歳になる彼はしっかりとした自分があり、甘えることが苦手。父親が魔法使い、母親がマグルだった。そして頼るべき親族はみなマグル。ありがちだと感じることが悲しいのだが、魔法使いとしての片鱗を見せる彼を気味悪がって、誰一人として引き取らなかった。

しかし彼が魔法界の施設で過ごすことになった理由はそれだけではない。


「トム、今日からここがあなたの家だよ。二階には部屋も用意してある」


癖のある赤毛を意味もなくグッと引っ張って、トムはアーモンド形の目に嵌め込まれたブラウンの瞳をキョロキョロと動かす。玄関入ってすぐのセブルスの仕事部屋は不気味さよりも興味深さが勝つらしく、心なしか目が輝いているようにも思えた。標準より少し細く縦に伸びた身体を更につま先立ちにして、余すとこなく部屋を観察している。


「触れるな。見るだけだ」


それはセブルスにも伝わったらしく、彼は先手を打ってトムを止めた。一頻り堪能したあと、トムはストンと踵をつける。爛々とした表情を瞬く間に曇らせて、上目でリリーとセブルスの顔色を読む。


「本当に僕で良いんですか?」


突き合わせた指先を弄りながらトムが言った。


「その話はもう既にしてある。何度も言わせるな」


容赦ない尊大な態度でスネイプがトムを見下ろす。腕を組みかつて何人もの子供を畏怖させたその裏に隠された心を汲み取るには、まだまだお互いに信用を築けていない。

トムが不安がる最大の要因。それは「狼人間」であること。トム自身の記憶にある頃には既にこの状態で、薬も手に入れられず家族は揃って各地を転々としていたらしい。

彼が感染した経緯を知る唯一の人物だった父親は既に他界している。何故こんなことになってしまったのかはもう分からないが、どんな経緯であろうと向き合うべきは目の前の彼。

今しばらくは自分がふくろう代わりに言葉を運ばなくてはと思いながら、リリーがトムの目線まで屈む。


「私たちはトムが良い。生半可な気持ちであなたを迎えるわけじゃないよ。こうやって不安を打ち明けてくれてありがとう」

「君に合う薬を煎じることの出来る世界でも数少ない人材がここに二人もいる。ここ以上に君を迎えるに相応しい場所があるとは思えん」

「無理に親だと思う必要はないから。私たちだって親として理想の振る舞いができるか分からないし。兄弟…は無理があるか。友人とか、ただの同居人でも良い。ただ私たちはあなたのすべてに責任を持つし、全力で守る。そうやって共に過ごして、いつの日かふと気づいたときに、お互いがかけがえのない大切な存在になっていたら嬉しい。私たちはそうやって一緒になったから」


同意を得るようにセブルスを見上げれば、彼は気難しい顔のまま。ただ緊張しているだけだと分かるのは、私たちの間に信頼があるから。彼はその読みづらい表情を緩めることもなく私の頭を撫でスルリと髪を梳いた。そしてトムの頭にもポンと触れる。呆気に取られた様子のトムからは、既に大多数の世間が受けるセブルスの印象と同じものが植え付けられてしまっているのを感じた。

それでもきっと、そう長い年月をかけずに二人は打ち解ける。ぎこちなく動くセブルスの手と、目を泳がせながら気恥ずかしげにそれを受けるトムを見れば、そう確信できた。




早めの夕飯を済ませた後はキッチンで団欒タイム。無意識にセブルスの好みに合わせていた料理をこれからはトムにも配慮したものに染まっていくのかと思うとなんだか楽しくなってくる。お肉の焼き加減だとか、作る量だとか。

ダイニンクテーブルの隣にトム、向かいにセブルスがいて、二人に挟まれれば私が一番のムードメーカーだなんて笑ってしまう。私だって話し上手とは程遠いし教員時代は生徒との何気ない会話に四苦八苦した。


私がいない方が二人にとって良いのかも


ふと、そんな考えが過った。


「先にシャワー浴びてきますね」


会話の息継ぎを見計らって言った。いつもはセブルスに先を促すのだが、今日はそうしない。私の意図を察してくれたセブルスが開きかけた口をぎゅっと結び、コクリと頷く。私たちを交互に窺っていたトムもセブルスと同じ仕草で首を縦に振った。それがあまりにもそっくりで、私はついつい頬が緩んでしまった。






リリーが席を立った。私とトムを二人きりにするために。彼女がいると我々はどうしても彼女を頼ってしまう。今も途切れたままの会話がキッチンに沈黙を吐き出し続けている。

何か話すべきなのだろう、私から。

頭では流暢に話しているのに口から出すとなると時間がかかる。返しの付いた針を飲み込んだ魚のようにパクパクと唇を動かすだけでは言葉にならないことなど分かりきっているというのに。はす向かいの椅子にいるトムの視線は私とリリーの去った扉とを忙しなく行き来していた。


「トム、ここに」


どれだけ間を空けたかなど考えたくもない。ようやく口に出し、自分の隣にある空席を引いた。せめて物理的距離から。トムは躊躇いもなく元の椅子から離れ、私の隣へと座り直す。拒まれなかったことに安心し、落ち着いたのを見計らって大きく息を吸った。


「言っておきたいことがある」


トムは一度頷いて、真っ直ぐスネイプを見つめる。


「私は両親に愛されて育ったとは言えない。だから君への対応が……好ましくない可能性がある。そのときはハッキリと言って良い。どうしてほしいのか直接伝えてくれ。君の意見を頭ごなしに否定しないと約束する。私にとって譲れないものだったときは話し合おう。良いな?」


捲し立てるように言って、トムの瞳を見つめ返した。


「はい……お父さん」


慣れない呼称なのはお互い様。むず痒い妙な間が満ちて、スネイプはつい身を震わせた。


「無理をするな。セブルスで構わん」

「……セブルスさん」


噛み締めるように名を呼ばれ、リリーに平素も名で呼ばれるようになった頃を思い出した。なりたての親子だというのに、似ていると感じるのはあり得るのだろうか。それともただ心が見せる幻覚か。

一度リリーに似ているような気がしてしまうと、そこにいない彼女を感じ取り、不思議と気持ちが安らいでいく。お互い手探りの会話にランプの導きが現れたようだった。


「では、譲れないものの一つ目だ。仮に君とリリーが同時に窮地に陥ったとする。その時私が優先するのはリリーだ。この先私にとって君の存在がどれだけ大きくなろうと、たとえリリーが泣いて君を優先しろと懇願しようとも揺るがない。彼女は私よりも強い人だが、私がそうしたいのだ」

「はい」


トムは従順に了承を示した。適当に返事をしたわけではないことが、その表情から分かる。心を覗くまでもない真っ直ぐな瞳。


「その代わり私は君が一人で立ち向かえるだけの術を教える」


トムは分かりやすく驚いて、私が血迷ったかのように固まった。放っておかれるとでも思ったのだろう。私は親の愛を知らないが、親に愛されない子供を知っている。大人に構ってもらえない子供を。

彼は実親から愛情を受けていた。ならば一層、それが与えられなくなったことは彼に堪えているはずだ。施設でも人狼である彼は敬遠されていたと聞く。

落ち着いて見せてはいても、トムはまだ子供であるべき。ホグワーツで関わった生徒たちはもっと自由奔放で、忌々しいほど己の感情に忠実だった。


「……ありがとうございます」


堅苦しい、ぎこちない礼だった。だがリリーからすれば私もぎこちなさでは負けていないのだろう。


「最後だ。この話は君の心だけに留めておくように」


わざわざリリーに語る話ではない。

当然、従順な返事が来るものと思っていた。しかしトムは思案顔をしてみせて、私の顔色を覗く。


「話し合いを――」

「なっ……もちろんだ。ただ彼女が戻るまであまり時間がない。まずは君が話し合いを希望する理由を聞こう」






リリーはいつもより早くシャワーを終えた。

ゆっくり時間をかけるつもりではいたものの、二人のことが気になって仕方がなかった。二人の待つリビング入ろうとドアノブに触れたところで、セブルスの声が私を呼んだ。聞き慣れたその単語だけが克明に鼓膜を震わせ、私は手を下ろす。たとえ自分の話題だとしても盗み聞く趣味はない。知る必要がある話ならいずれ話してくれるだろう。

扉越しにボソボソと弾んでいるのか分からない会話が続く。私はもうしばらくシャワーを浴びていることにして、ぎこちない親子の門出を祝うことにした。






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