ソフィアン・シュティール


初めてリリーを見たのは三大魔法学校対抗試合の歓迎会だった。大男と共に遅れて入ってきた彼女を見た瞬間、僕は恋に落ちた。彼女はとても美しかった。そして儚げでもあり、守ってあげたい、と月並みだけどそう思った。僕が彼女を笑顔にするんだと。初恋だった。

僕だって子供ではないつもりだったけど、彼女は大人の女性だった。歳は倍ほども違う。僕としてはそれがどうしたんだって言いたい。フィアンセだって一回り年上だし。でも同窓生にはよくからかわれてた。「確かに綺麗だけど、ボーバトンの方が良いのがいる」って。失礼なやつ。でも彼がリリーを綺麗だと言ったことには複雑な気持ちだった。嬉しいような、見せたくないような。クラムだけは理解を示してくれた。やっぱり友達はあいつだけでいい。


適当なホグワーツ生を捕まえて、名前はすぐに判明した。でも僕は直接名前を聞きたくて、ダームストラングの集まりから抜け出して彼女を探した。その時の彼女はトロールでも分かりそうなほど迷惑そうで、でも僕に引く気はなかった。

スネイプを認識したのはこの時が初めてだった。歓迎会ではリリーしか見てなかったし。彼がリリーを呼んだとき、彼女はふわりと、偽物じゃない笑顔を見せた。僕は嫌な予感がしたんだけど、その時は単に僕との話を切り上げたかっただけなんだって納得することにした。


それからは毎日通って、彼女も徐々に刺々しさを諦めてくれた。そして何を思ったのか、一度だけ、僕にとてもとても甘い夢を見させてくれたことがある。信じられなくて、嬉しくて、恥ずかしくて、一層好きになった。今となってはいい思い出として笑えるけど、フィアンセにはちょっと話せないな。その日は夜通しクラムに話を聞いてもらったっけ。本当にいいやつだよ、あいつだけは。


クリスマスは僕にとって苦い思い出。もちろん楽しい思い出でもある。

苦いのは、リリーにパートナーを断られたことと、クリスマスプレゼントを着けて貰えなかったこと。所謂出世払いってやつで、父さんから借りて…まぁそれはいいんだ。後悔してないから。ただどこかで彼女は着けてくれるって期待してた。だから彼女の頭に飾りがないと分かったときは、しばらく壁で休まなくちゃならなかった。

このころ僕はもうスネイプを意識してて、勝手にライバルのように思ってた。だから彼がリリーの隣にいると分かった瞬間、僕はホールを突っ切って彼女にダンスを申し込みに行ったんだ。踊れたのは、もちろんいい思い出。


リリーに恋人がいたって分かったときはすごくショックだった。初めに可能性はないとキッパリ断られてはいたけど、恋人がいるとは言わなかったから。それも相手はスネイプじゃないなんて。

後でそれは誤解だったって分かったけど、それを知った日は、彼女の抱える秘密を知った日でもあった。

彼女にかけられた魅惑の魔法。それが僕の彼女への気持ちに作用していると、話してくれた。これが手紙だったなら、僕を諦めさせようと嘘をついてるんだって思ったと思う。でも目を見て話したから、真実だと分かった。半年も彼女を見続けてきたから、そのくらいはね。実際どの程度影響を受けているかなんて分かりっこない。ただ、フィアンセと出会って別の恋を知ってからは、リリーへの気持ちが魔法なんかじゃなかったって確信したよ。

僕があの時引いたりしなければ、未来は変わったかな。でもリリーのスネイプへの気持ちを薄めることは出来なかっただろうな。スネイプは自分のことをそんな風には見てないって彼女は言ったけど、僕に言えるのは、確実にスネイプはそんな風に見てるってこと。当時の気持ちまでは分からないけど、今は絶対そう。


あぁ思い出した。イースターの頃、リリーが突然湖に入ったことがあった。畔でショーを初めてさ、正気を疑ったよ。一枚脱ぐ度に囃し立てる声が上がっていって、僕は気が気じゃなかった。ボーバトン狙いの奴まで指笛で盛り上がるものだから、僕、つい杖が出ちゃって。勝敗は知っての通り。僕は無傷でリリーの前に立った。

湖から出てきたリリーは入る前よりうんとセクシーだった。僕はダームストラングの船から飛び降りて、彼女に手を差し出した。スネイプより先に。甲板からは結構遠くまで見えるんだけど、彼が賑やかな湖の畔を不審がって近付いてくるのが分かってたからね。彼女は気付いてなかったけど、何がそうしたのか、服がぱっくり裂けてて……僕は慌てて修復呪文と速乾呪文を唱えた。僕の目には猛毒だった。他の奴に見られてないと良いけど。

船に戻るとスネイプが来た。彼女は怒られてたみたいだけど、でも楽しそうに見えた。ころころ変わる彼女の表情。僕が笑顔にするんだって思ってたけど、彼はそこにいるだけで彼女を笑顔にする。


第三の課題が終わって、ホグワーツの代表二人に異変があった。リリーはひどく落ち込んで、心ここにあらず。なんとかいつも通りを振る舞ってはいたけど、僕にはその痛々しさが判った。でも僕は大人ぶりたいだけの子供だったんだ。何も声をかけることができないなんてさ。

言い訳めいているのは承知の上だけど、彼女を支えるのは僕の役目じゃないって感じてた。僕はずっとリリーを見てたけど、彼女を見てたのは僕だけじゃなかった。スネイプは僕が気づいていることにどうでもいいって顔をして、ただリリーを見つめていた。純粋に心配していただけって感じでもなかったけど、彼は僕の認めるライバルだったから。任せておけば安心だと思えた。

彼女の頬に別れの挨拶をして、僕の初恋は本当に終わった。


文通での彼女は明るかった。お互いの国情を話したりして。情勢が落ち着けば一度会おうって約束もした。


まさか、再会がこんな形になるなんて。


「リリー、みんな待ってますよ。こうして話しに来てくれて。もうすぐ1年です。こんなにも愛されている患者は他にいません。僕の英語の発音、チェックしてくれるって約束です。スネイプだって、待ってます。聖マンゴで働いてる僕くらい、ここにいるんですよ。いい加減連れて帰ってください」


コンコンと、病室がノックされた。


「シュティール、君を探している女がいるぞ」


扉を開けたのは噂したばかりの黒衣の男。生を求めるこの場所にそんな喪を感じさせる格好はやめてほしいと頼んだのに、改善する気は更々ないらしい。


「それって赤毛で少し背の低い笑顔が抜群に可愛い女性ですか?」

「……赤毛ではあった」

「たぶんフィアンセです。行かないと」


シュティールがリリーの肩に優しく触れるのをスネイプは眉間にシワを寄せながら睨み付ける。


「君はフィアンセがいるのにここへ来ているのか?」

「大切な人は世界でただ一人しか作っちゃいけないなんて誰が決めました?」


一層眉間にシワを寄せたスネイプにシュティールは意味ありげに笑った。


「あなたこそ、どうしてここへ通うんですか?恋人でもないのに」

「それは……」


言い澱むスネイプに背を向けて、シュティールはリリーへウインクを一つ。二人が出会った日と変わらない茶目っ気で彼は忍び笑いをした。


「また来ますね」

「その必要はない」


スネイプのすぐそばまで歩いたシュティールは扉に手をかけながら「そうそう」と話を続ける。


「手でも引いて、早く彼女を連れ戻してください」

「それは癒者の仕事だろう」

「僕の専門は『愛』なんです――本当ですよ――まだまだ研究することだらけの分野ですけど、ほら、有名人のポッターくんが死の呪文を跳ね返したとか、額の傷とか、ああいうの」

「彼女と何の関係がある?」

「聞いてるでしょうけど、リリーの身体はいつ目覚めてもおかしくない状態です。では何故目が覚めないのか。魂、心、肉体、愛。フィアンセを待たせてるので詳細は省きますが、僕は単純な愛不足だと思ってます」

「愛不足?」


詳細を催促する首の傾きにシュティールはチラリと時計を見た。待たせているフィアンセに申し訳ないと心で謝りながら、一見愛とは無縁そうな不機嫌顔を見据える。


「彼女はすべてに満足して愛なんて見返りも期待せず死を受け入れていた。故に彼女には目覚める理由がない。そう思いませんか?」

「……思わない」


不貞腐れているようにも聞こえるその声に、シュティールはやれやれと軽いため息をつく。


「まぁあなたがどう思おうが関係ありません。これは彼女の問題ですから。僕がよくここへ来ているのは彼女に愛を注ぐためです――友愛ってやつですよ」


最後に一言付け足して、開きかけた彼の口を塞ぐ。


「あなたがいれば、すぐに目覚めると思っていました。まさか、毎日そばでぼんやり座ってるだけなんてことはありませんよね?何をしても今の彼女には届かないと?」


ギクリと強張った身体から察するに、図星のようだった。反応のない彼女に毎日愛を囁くこの男の様子なんて想像できない。僕の言葉でこの男の行動を変えられるなら、もっと早くに言えば良かった。

彼女の目覚めを願って言葉を紡ぐ。


「あなたが考えている以上に魔法は面白いですよ。それに愛は不可思議で神秘的です。信じるか信じないかはあなた次第ですが、僕のよりもあなたからの『愛』の方が彼女にはよく響く。あぁもうほんとに行かないと。フィアンセを悲しませたらあなたのせいですからね」


ビシッと立てた人差し指をスネイプに向け、シュティールは病室を出た。

これで彼女が目覚めてくれたなら、彼がどんな風に愛を示して見せたのか聞き出してやろう。言葉で、触れて、キスをした?事細かに書いた論文を発表すれば、世間はもっと愛に真摯になる。愛のあるキスで目覚めるのはマグルの妄想だけど、あながち見当違いとも言えない。

でも、


「彼が教えてくれるわけないか」






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