時計屋さん。

 原宿の、人で賑わう竹下通り。
 そこから少し外れた秘密の通路。
 誰も知らない通らない。
 骨董屋さんが並ぶ路。

 そんな所に不思議な不思議な時計さんがあるのをご存知かしら?

 ごったがえすように置かれた時計時計時計。
 時計が掛かってない、置いてないスペースなんて無いくらいにひしめきあう時計たち。

 その形がまた不思議ったらありゃしない。

 ぐにゃぐにゃととろけてしまっているような時計があったり、お菓子みたいな時計もあるわ。
 だってチェリーパイに時計の針が付いてるの、信じられる?

 他にもお人形さんが時計になっていたり、ちっちゃなちっちゃな時計だってあるわ。
 置時計も勿論だけど、掛け時計だって不思議なものばっかり。
 逆に、普通の時計を探す方が大変そう。

 それくらい不思議な不思議な時計屋さんなの、ご存知かしら?

 昔々、わたしがまだこーんなにちっちゃい頃、実は一回行ったことがあるのよ。

 でも行ったのはその一回だけで、幾ら探しても見付からないの。

 どんな路地にも入ったわ。
 記憶を辿って、勘に頼って、何度だって探したわ。
 でもね、どんなに探しても見付からないの。

 あれは夢だったのかしら。あれは幻だったのかしら。

 いいえ、そんなことはないわ。だってこんなにはっきり覚えてるんですもの。

 わたし、絶対諦めない。
 絶対探しあてるまで探し続けるわ。

 その為に今日だってほら、私竹下通りに降り立つの。

***



 夢を見るには少し上、でも現実を見るにはまだまだ下、そんな年齢の女子高生。通称マリアは今日も髪をくるくるに巻いて、甘い甘いロリータな服に身を包み、山手線で注目の的になりながら原宿竹下通りに降り立ちました。

 ここは夢を見るにはうってつけの場所。

 現実を忘れて夢に浸れる不思議な、短い短い、入り組んだ通りです。

 知らない人は知らないけれど、裏道なんかも一杯あって、結構他には置いてない物が整然と並んでいたりする。
 それがまるで当たり前であるかのような、別世界を味わえる、そんな場所です。

 マリアはここが大好きでした。

 自分の名前を嫌って、マリアなんて呼ばせる位大好きでした。

 ここでは現実を忘れられるのです。

 だって、ここには自分と同じ、別世界を夢見る人たちばかりが集うのですから、楽しくないわけがありません。

 自分と同じロリータ仲間も一杯居るし、イベントだって参加する。
 芸能人が来たら思わず見に行ってしまう。
 夢と現実が入り組み混ざり合った、そんな通り路。

 マリアは夢見がちな少女でした。
 不思議の国のアリスのような世界が大好きでした。

 ここだけの話、自分もいつかあんな世界に行くんだと、半ば本気で思っていました。

 そんなことをぽろりと漏らしても、何も思われないのがここのいい所です。

 るんるんと鼻歌でも奏でてしまいそうな良い天気。
 今日は平日ともあって、普段より人は少なめです。
 写真をせがんでくるような外国人も居ませんでした。

 テスト休みでなければ、こんな日にこんな場所に居られない。

 皆勉強しているのかと思うと、何だかマリアはいい気分です。
 マリアは夢見がちな少女だったので、成績なんてどうでもよかったのです。

 それより何より、もっと大事な大事な、やらなければならないことがマリアにはありました。

 それは、時計屋さんを探すことです。

 何故時計屋さんなのか、それは、昔まだ幼い頃に一度だけ、父に連れられて行った時計屋さんが強く印象に残っていて、忘れられなかったからです。
 そうして、その店に行って以来、父は姿を消してしまいました。

 マリアはお父さんが大好きでした。
 きっとその時計屋さんに、父の失踪の鍵がある筈です。

 そこは不思議な不思議な時計屋さんだったのを、マリアは色濃く覚えていました。

 どんな店にも無い、夢を扱っている時計屋さんだったのです。

 時計にだって夢はいっぱいいっぱい、詰まっています。
 それが分かる程度に、その店は不思議な不思議なお店でした。

 その情景が、頭から離れないのです。

 だからマリアは暇さえあれば原宿に足を運びました。
 その時計屋さんを探し当てる為に、父を見付ける為に、マリアは今日もるんるんと道を歩きます。

 何度も何度も通った路。知らないところはありません。

 こっちに行ったら美味しいレストランがあって、あっちに行ったら可愛いケーキやさんがあるの。
 でもちょっとお高めで、高校生には痛いお値段だわ。
 でも味だったら、そこら辺のクレープ屋さんなんかよりもずっと美味しい。お墨付きのお店ね。

 こっちに行ったらパンクなお店が並ぶだけだし、そっちは美容院の激戦区。でもこの路を行ったら駅に戻っちゃう。

 マリアは可愛く首を傾げます。頭の上のヘッドドレスが、少しふわりと揺れました。

 そう、あの通りは、入り口からして不思議だったわ。

 ぐにゃぐにゃしているの。

 道がぐにゃにぐにゃ曲がりくねっているんじゃないのよ?
 全体がなんだかぐにゃぐにゃなの。
 お店も道もみーんなぐにゃぐにゃで目が回っちゃいそうだったわ。

 そんな中お父さんはすたすたと歩いて、わたし不思議だったのを覚えているもの。


 あんな路、夢以外で有り得るかしら。


 マリアは静かに空を見上げました。

 マリアは夢見がちな少女でしたが、お花畑を走ってしまっているような子ではありません。
 現実的な思考だってちゃんとできるのです。

 ぐにゃぐにゃしている路なんて、それこそ映画のセットのように作らなければなさそうなものです。
 わざわざ作っているなら話は別ですが、自然とそうなってしまっていたならこれ程不思議な話はありません。

「そうよ!きっと夢なんだわ!」

 マリアは叫びました。と言っても、一般人が言うような意味での言葉ではありません。

 夢の中の世界なのよ。
 夢を見ないと入れないんだわ。
 だからぐにゃぐにゃでも歩けちゃうの。だってそれは本当は真っ直ぐなんですもの。

 マリアは自分のひらめきになんて凄い発見なんだろうと心躍らせました。

 さっそく夢の世界へ行かなくちゃと、楽しそうに微笑みます。

 でも、こんなに人が一杯で、ベッドも無い場所でどうやって寝るというのでしょう。

 しかし、そこはマリアです。

 白い日傘を畳んで、ある路地に入りました。
 暗いけれど、なんだかレトロな雰囲気が漂う通りです。

 そこのコンクリートの塀に、丁度人が1人、座れそうなスペースがあるのを知っていました。

 そうして、そこに、ちょこてんと座ります。ふわふわのレースがたっぷりついた服が、ふわりと舞いました。

「これでやっと行けるわ」

 根拠も確信も無いのに、そう自信満々にマリアは言い切りました。

 おとぎばなしのアリスではないのだから、そんなことをした所で真っ白い服が汚れてしまうだけのように思われましたが、マリアはそれほどに必死だったのです。

 マリアだってもう子供というには成長し過ぎていました。

 女子高生が、いつまでも夢ばかり追いかけている訳には行きません。

 頭は段々と現実的な方向に向かっていきます。
 マリアはそれがとても怖かったのです。

 もし、あの時計屋さんの存在を夢物語として忘れてしまったら、そう思うといてもたってもいられません。

 もうそこを探すしか、父の失踪の謎へと迫れる糸口はなかったのですから…。

 まだ夢を現実と思える今だけが、チャンスなのだ、とマリアは確信していました。
 そしてそれは、決して間違いではなかったのです。

 サンタクロースの存在が両親だと思ってしまった瞬間、サンタクロースは現実からただの夢に変わるのです。
 マリアはそれが怖くて仕方ありませんでした。

 だから、どうか……。

 神様が目の前にいたのなら、マリアは必死にすがっていたことでしょう。

 その手を握り、キスをして、どうか父に会わせて下さいと。

 マリアは自分の発想に最後の可能性を託します。


 表通りから裏通りまで、この原宿でマリアが知らない場所はありません。

 何年も何年も通ったのです。
 何が何処にあるのか、目をつぶっても行けるのではないか。
 そう思えるほどに知り尽くしてしまいました。

 現実で探すのはもう無理です。
 なら、もう現実以外を探すしかありません。

 マリアはそっとコンクリートの塀に身を預け、目を閉じました。
 今日は早起きしたので、ふわーっとすぐに眠気が襲ってきます。

 心地よく揺れる電車の中のように、マリアは眠りの底に落ちて行きました。


 ……………………。


 …………………………………。









 すると、どういうことでしょう。マリアは誰もいない路地に立っています。


 ここは原宿竹下通り。
 人がいない日なんてありません。

 ですが本当に、本当に誰もいないのです。
 そうして、目の前には、ぐにゃぐにゃと歪んだ通りがひたすら“真っ直ぐに”続いているのでした。

「やったわ!」

 マリアは思わず跳び上がりました。

 そこには小さく、「夢路通り」と書かれています。

 夢を見なければ行けない、辿り着けないから、夢路通り。
 その意味さえも、マリアには瞬時に理解できました。

 だって、その通りだったんですから。

 マリアはさっそくそのぐにゃぐにゃの道を歩き始めました。

 するとどうでしょう。

 ぐにゃぐにゃなのに、近付くと皆しっかりと真っ直ぐに、しゃんとするのです。
 店構えだって、まるで胸でも張るようにしゃんとします。

 それがおかしくて、マリアは笑いながら夢路通りを歩きました。

 そうして、あったのです。
 例のあの、時計屋さんが。

 それは一目で分かりました。
 だって、店自体が既に時計だったのですから、これほど分かりやすいものはありません。

 マリアは早速文字盤のドアをノックして、扉をそろりと開けました。

 そこには、あの不思議な不思議な時計たちの風景が広がっていて……。

「いらっしゃい、可愛いお嬢さん」

 シルクハットに歯車が幾つも付いた物を被り、丸眼鏡をかけた紳士。強い癖毛を後ろで一纏めにしている時計屋さんの店主が、そう、マリアを出迎えたのでした。








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