駄目だ


「ほう、何だこれは。初めて見るな。」

ある夜のこと、夕食を取ろうと火を起こしていた俺はルシフェルのその声に反応して振り返った。
彼は過去にも未来にも行って沢山のものを見ているからだろう、非常に博識で、俺は彼が知らない事など何もないのではないかと思うことさえある。

そんなルシフェルが初めて見るとは、余程珍しいものなんだろう。俺も俄然興味が沸き、彼が見つめている先へと視線を動かした。

「コラ!ルシフェル!!めっ!!」
ソレに触ろうとしたルシフェルの首根っこを掴んで引っ張る。
間一髪、何とか間に合ったようだ。
「!?何をするんだイーノック。」
突然、襟首を捕まれたルシフェルは不機嫌そうにこちらを睨み付けるが、そんなものは効かない。

「それはこっちの台詞だ!あんなものに触れたら堕天するぞ!」

人間でさえそのおぞましさに見る事すら躊躇うと言うのに。怖いもの知らずというか何と言うか…

「あんなカブト虫から角を取ったような奴にそんな力が?馬鹿馬鹿しい。」

その言葉を聞いて、そうか天界には居ないのかそれはそうだ居ないよなと妙な納得をした。過去や未来へ行ったとしても、ルシフェルが訪れるような場所には居なさそうだ。なんとなくだけれど。

「いいから手を離せ。」

そっと目線をその場所へと戻す。あの黒い悪魔は既に姿を消しており、それを確認するとゆっくりと掴んでいた手を離した。
ルシフェルは暫く名残惜しそうにしていたが、頼むから手にとってくれるなよと心の底から祈って十字を切った。

神よ、どうしてこのような試練をお与えになったのですかと心中で叫びつつ。

神「正直すまんかった」