子供時代


草原で元気よく駆け回る子供達。
大洪水計画が実行されてしまえば、彼等もまた、大水に飲み込まれその生涯を終えてしまう。絶対、そんな事にはさせられないと、自分の決意を再確認した時。
傍らに立ったルシフェルが、愛しむように目を細めて言った。

「お前も子供の頃はあんな風だったのか?」
はて、どうだっただろうか。小さな頃はやんちゃ坊主で、よく両親の手を患わせていたような気もするが…。

「好奇心の強い子供だったかな。井戸の底がどうなっているのか知りたくて、落ちかけた事もあった。」
あの時はこっぴどく叱られたものだと昔を懐かしんで言えば、人の話を聞かないのは昔からかと笑われた。
「ルシフェルはどうだったんだ?」
言葉にしてから、天使に子供時代というものがあるのだろうかと思い直す。絵画などでは子供の天使もよく見るが、実際に天界で暮らしていて子供の姿というのは一度も見たことが無い。
「私達は生まれた時からこの姿と思考だからな…。子供時代というのは存在しないんだ。」

「そうなのか。ルシフェルに幼い頃があったのなら、きっと可愛いだろうと思ったんだが。」
まぁ今でも充分可愛いから大丈夫だ、問題ない。
するとそれを聞いたルシフェルは、「姿だけならどんな年齢にでもなれるぞ。」とあっさり言ってのけた。

「そうなのか!?」
「ああ、無駄に怯えさせないよう子供の姿で人前に出る時もあるし、逆に威厳を出したいからとあえて老人の姿になる天使も居るしな。少し待っていろ。」
天使とは何でも出来るんだなとただただ感心している俺を置いて、ルシフェルは近くの茂みに身を潜める。待つこと暫し、現れたのは、10歳に満たないであろう見た目の一人の少年。利発そうな赤い瞳と陶器のような白い肌、鴉の濡羽色をした髪の毛は…

「ルシフェル…なのか?」
「驚いたか?」

ふふん、と自信満々に笑うその様子はまさしく普段の彼そのもので、腕を伸ばして抱き抱えるようにとせがむ様子に頬が緩んだ。

「ああ、正に天使、だな。」
「私はいつだって天使だぞ?」
同じ高さに顔が来ると、ちゅ、と軽い音がして口付けられる。普段は天使と言うよりは淫魔だよなと思いつつも、貴重な体験に水を差すような真似はせずに今度はこちらから口付けを返した。