「麺を啜る仕草ってさ、ディープスロートに似てない?」
何でそれをよりによって今言うんだとかイッパツに謝れとかこいつの乗船を許可したのは何処のどいつだとか色々言いたい事はあったのだがとりあえず今は何よりもこの凍りついた食堂の空気をどうにかして欲しかった。
今日の昼食はローアイン特性の鴨南蛮蕎麦で(そう、この発言が飛び出したのは昼なのだ)頬いっぱいに食物を詰め込んだルリアは「ディ…?」と先程の言葉を反芻しながら首を傾げている。
そんな言葉は覚えなくて良いし繰り返さなくて良いディスペルの仲間とかじゃないから忘れなさいとロゼッタが早口でまくしたてていたのに全力で同意しておいた。
ただ一緒になってそうだ忘れろと壁役になっていたカタリナも妙な表情をしていたから、もしかすると彼女も意味が分かっていないのかもしれない。これはまずい後でこっそり聞かれるパターンだ本当にやめてくれ。

鴨が嫌だと言ってとろろ蕎麦を食べていたサンダルフォンなどは悲惨の一言である。今なら剣を取っても誰もせめないのでもうやっちまえよとすら思ったが、残念ながら思っただけで声に出すことは無かった。すまんサンダルフォン。


「で、特異点は何処なんだ?」

そうやって好き勝手にくっちゃべっていたベリアルは、皆の顰蹙をかって気が済んだのかぐるりと周囲を見渡して首を傾げた。
俺はやっと黙ったその男に向かい大きくため息を吐くと、親切にもその質問に答えてやる。
「今はビィと一緒にシェロカルテの店に行ってる。」
「ちょっと、ラカム。」
正直に行き先を告げるとイオから制止をかけられたが、どうせ隠したって居座るだけなのは目に見えているし何なら居場所を吐かせようと妙な真似をしないとも限らない。それなら特に秘密にしている訳でもなしさっさと白状した方がマシってもんだ。
グランが出掛けたのとほぼ入れ違いのようにしてひょっこりやって来たベリアルは、何をトチ狂ったのか少し前からこうやってグランサイファーに度々出入りしている。
普段はグランにべったり、と言うか手綱を引かれている為あまりあちこちうろつく事は無いのだが、今回は珍しくお目付役の居ない状況にテンションが上がったのか臨戦態勢になった俺たちに構う事無く好き勝手に艦内を散策していた。
暫くはじりじりと様子を見ていたが、特に何かを仕掛けてくる事も無かったため此方から手を出す訳にもいかず、見張りつつも普段の行動を取ることにした結果がこれだ。武器なんざ取らなくたってコイツは充分俺たちにダメージを与える事が出来る。

げっそりと窶れた面々の堪忍袋の尾が切れる寸前、救いの手はやっと帰ってきた。
「ただいまー…って、どうしたのみんな?」
「「グラン!(団長!)」」
異様な雰囲気を察したのか、きょとんと目を丸くして食堂の入り口に立つグランに早速数人が群がった。
団長とは言えこんなに若い人間に全ての重荷を背負わせるような真似をするのは
この変態をどうにか出来るのはグランしか居ない。
「…また来てたのか。今度は何言ったんだよ。」
皆の視線の先でニヤニヤ笑うベリアルを見咎めると、ひらひらと浮かぶ羽飾りをとっ捕まえた。言動があんまりにも酷くなるようだとそのまま引きずって何処かしらに捨てに行ってくれるので、きっと今回もそうしてくれるんだろうと漸く肩の荷が下りて安堵の息を吐いた。
「別に大した事じゃない。麺を啜る時こ顔ってフェラに似てるなって言っただけ。」
「食事中に止めろよそう言うの。」
眉をひそめて心の底から不快そうにベリアルを叱ると、ちょっと捨ててくると告げ帰ってきたばかりにも関わらず再び船外へと踵を返す。
そうして外へ出るグランとすれ違った瞬間に、本来はベリアルにだけ聞かせるつもりだったのだろう、小さな声での文句が聞こえた。


「お前がしゃぶってる時もっと酷い顔してるよ。」


頼む待ってくれ俺ちょっとその話聞いてない。

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