「いや待ってふざけないで。」
目に見えて狼狽しこんのすけを詰り始めた自らの主を前に、近侍の堀川はさもありなんと視線を逸らした。

「いえ、その、ふざけているのではなくですね…。」
しおしおと耳を伏せているこんのすけの手元には一通の書類。そこに書かれていたのは、またもや新たな刀剣男士が発見されたと言う政府からの報せであった。
巴形から始まった連続鍛刀キャンペーンの勝率は半分程度に留まっており、大阪城だって毛利こそ何とか入手出来たものの手入れの為にこちらも大量の資材を費やした。更に未入手であった数珠丸と大典太が再度鍛刀で入手出来ると言う。
玉鋼も依頼札もとっくに底をついており、とてもではないが新たな刀剣を求めて鍛刀をする余裕など無い。

「頭おかしいんじゃないのか。」
いつも穏やかな主がこんな風に吐き捨てるようにものを言う姿など堀川は初めて見た。何度も頭を振る様子は痛ましく、よほど追い詰められているのだろうといっそ政府を呪ってやりたいような気持ちにすらなる。

床に叩き付けられた資料を拾い集めながらその内容を盗み見るが、堀川は全く面識も無く、失礼ながら名前すら聞いたことの無い刀だった。戦国時代に生み出された刀らしいので、織田組や伊達組ならば知っているだろうか。
だがそれよりもまずは困惑しきりの自らの主を安心させなければならない。

「主さん。」
出来る限り気負って見えないように柔らかく微笑む。

「資材なんかすぐ集めてきますから。お祭りみたいで、みんな結構楽しんでやってるんですよ。」
それにどうやら今回の新刀剣は短刀らしい。それならば最悪オール五十を回し続ければ良いのだし、手伝い札も必要無いだろう。
そうと決まれば早速皆に連絡をしなければ。


「そうじゃない、そうじゃないんだよ堀川……。」

顔を覆った審神者の小さな呟きは、残念ながら堀川には届かなかった。


***


物欲センサーというものはきっと実在する。

札なしのオール百で十回ほど回したところであっさりと鍛刀された新刃を見て、浦島虎徹はそう確信した。
主は今回の鍛刀はあまり乗り気ではなさそうに見えたし、第一報を聞いた堀川もそのような事を言っていたのでまず間違いは無いだろう。
折角ならば未だに散々探し回っている数珠丸が来てくれれば脇差仲間の青江が喜ぶのになぁと思ってしまった事は折角来てくれた本刃には内緒にしておこうと固く誓った。

「宜しくお願いしますね!」

優しそうな垂れ目は一見温和で大人しそうな印象を受けるが、はきはきとよく響く声で喋り活動的で、自分より歳上であるにも関わらず、こちらを先輩として立ててくれる礼儀正しい刀だった。
一尺一寸の寸延短刀である彼は現在顕現している短刀の中で最も背が高く、つい脇差仲間と勘違いしそうになる。当の本刃もどうやらそう思っているらしく、庭で走り回る短刀と自分を見比べては、不思議そうな顔をしていた。

本丸内を案内しながらお互いの来歴などを語り合う内に名前の話に話題が移った。彼はとある船上で大鯨を捌いた事からその名前が付けられたそうだ。
海に縁があるからなのか、衣服は胸元が大きくはだけた軽装で、亀吉とも仲良くしてくれそうだなと好印象を持った。


***


新刃は包丁藤四郎と親しいらしい。携帯端末で掲示板を覗くと他の本丸でもよくつるんでいるとの情報が書かれており、何故だか彼と距離を取りたがる主に自分が知る限りの情報を口頭で伝えた。

「あーー、包丁と仲良いのか…そうか…うん…。」

越前の刀工により生み出された彼は元々地元の名士である朝倉氏の家に居たらしい。だが、その後紆余曲折あって戦国大名の柴田勝家の手に渡り、一般的には柴田家の刀剣としての知名度の方が高い。
柴田勝家と言えばお市の方の二番目の亭主である。
人妻が人妻がと喧しい包丁と一緒に行動するのは確かに懸念もあろう。主の目が泳ぐのも仕方がない事なのかもしれない。

元の主同士の仲が悪く、それに引き摺られて男士同士もぎくしゃくとすると言う話はあちこちで耳にする。
今代の主以外に主を持たない巴形薙刀にとってそのような対立は縁の無いものであったが、この本丸でも新撰組の刀と陸奥守には見えない壁が存在しているし、こればかりは仕方のない事なのだろう。巴形だけでなく他の刀剣も、その件に関しては己の関わる事象ではないと判断して基本的には大人しく傍観に徹している。

そして今度の新入りは豊臣秀吉に良い感情を持っていないようだった。

「あの猿めは奥方様の事をいつも下品な目で見ておりました。」
本気で嫌っているのではないのだろうが、ぷんすかと怒りながら顕現初日に言い放ち、対する豊臣組、と言うか一期一振が困ったような表情で口籠るのを他の粟田口の兄弟が慌ててフォローして回る姿はたった数日で日常の一つと化した。
何人かはすわ幕末の再来かと神経を尖らせていたようだが、豊臣傘下である筈の日向正宗とは新入りの短刀同士と言う事ですぐ打ち解けたので、そう根深い問題でも無いのだろう。きっとすぐに打ち解けるはずだ。


全然普通のいい子なんだけどなぁ。と呟いた主の背中には哀愁が漂っており、では一体何が不満なのだろうかと巴形はそっと白い首を傾げた。


***

見習いが来るというのは前々から聞いてはいたのだが、それがどうやら学校をでたばかりである若い女の子だと知って、中年男性に差し掛かると言っても過言ではないその審神者は泡を食って本日の予定表をひっくり返した。
この本丸の近侍は日替わり制で、よりによって今日の近侍はあの新入りなのだ。
見習いが来るから近侍は初期刀でどうかお願いしますと言い損ねたのは完全に審神者の失態である。
連絡よ間に合えとの願いも虚しく、予定通り本日の近侍を勤める事となった彼は、見習いに向かって元気いっぱいに顕現時の口上で挨拶をしてくれた。



「南沖尋定(なんちゅうえろさだ)が一振り寸鯨尋定(すんげいえろさだ)これよりご開帳です!」

来たばかりの見習いちゃんにゴミを見るような目で見られたが、俺のせいじゃないんだ本当だ頼む許して。


***

尋定派の兄弟刀

洞亭之尋定(どうていのえろさだ)
打刀(銀枠)
正式名称は蟲峰洞亭之尋定(ちゅうぼうどうていのえろさだ)所持していると後継が産まれない、家が途絶えるなどという曰くがあり広く妖刀として知られている。実在刀であったが第二次大戦の際所在不明となった。

古冠濃太刀(こかんのたち)
太刀(3スロ)
実践刀では無く生涯人を斬った事は無かったと言う。有名な持主は波米泰之丞(はめたいのじょう)現存しており今でも熱海秘宝館でその汚れなき刀身を見ることが出来る。

珍宝(その読み方であってます)
短刀(20分)
佐世姫(させひめ)が所持していたとされる短刀だがそもそも佐世姫自体の実在が疑問視されているため珍宝も後世の創作と考えられている
佐世姫=漫古尼院()の出家前の名前


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