筆跡


書記官という仕事を任されているだけあり、イーノックの書く文字はとても美しく読みやすい。
歪む事を知らないかのような直線に、繊細なカーブ、くっきりとした角が一体となったその字は、本人を表しているかのように真っ直ぐで力強く、見ているこちらまで気持ち良くさせた。

「綺麗な字を書くんだな。」

机に向かって一心不乱にペンを取り続けるイーノックにそう声を掛けると、彼は切りの良い所で筆を置いて振り返る。

「ルシフェル、来てたのか。」

こちらを向いた時にはそれまでの真剣な表情は崩れており、その代わりに輝くような笑顔が出迎えてくれた。
私は椅子の真後ろまで歩み寄ると、座ったままのイーノックを硬い椅子ごと抱き締める。唇を合わせるだけのキスを何度か繰り返してからもう一度その書類を覗き込むと、イーノックは照れ臭そうに口を開く。

「紙に書いた文字はいつまでも残るからな。」

そう言って、その書類を手に取ると書いた内容にざっと目を通してから今度は身体ごとこちらに振り向いた。机の上に何もないと言うことは、どうやら仕事は終わったらしい。
背に回る腕の温もりが心地よく、うっとりとしながら瞳を閉じた。

「俺も、紙に書いた文字のようにルシフェルの心に残りたいな。」

そんなもの、とっくに残っているさ。お前の強さと美しい心は私のものだ。