狐憑き


「イーノックがセックスしてくれないから元気が出ない。」
太い腿に乗り上げて、首に腕を回しながらごろにゃんと甘えた馬鹿たれの大天使長はそう言った。実の弟の見ている前で。
目に見える被害はと言うとミカエルの持っていた羽ペンが小さな音を立てて折れたくらいなのだが、心の方の被害は甚大だ。

「ルシフェル…気持ちは嬉しいが、そう言うのは寝室で…。」
「何故だ?此処でした事だってあるだろう?」
手元のペンのように折れていたミカエルの心に、今度は火がくべられる。
「そこのド淫乱、堕天するなら一人でして下さい。」

それはそれは嫌そうに言うミカエルに対して、ルシフェルは心外だとでも言うように眉を寄せた。イーノックに抱き付き胸を擦り付けながら。
「私のどこが淫乱なんだ。イーノック以外とはしてないし、もう五日も我慢してるんだぞ。大体、堕天なんかしたらイーノックとセックス出来なくなるじゃないか。」
ルシフェルの中では、ミカエルの前で赤裸々に夜の話をする事については特に何とも思っていないらしい。
べったりと身体を預け、イーノックの左手を掴むと自分の尻に当てている。ミカエルが退室するのが先か、イーノックの理性が砕けるのが先か。一番可能性があるのはルシフェルが我慢出来ずに自ら脱ぎ出すというパターンだが、どれもこれもミカエルの心労を増やすものでしかない。
いっそのことセックスセックスと喚くルシフェルを部屋から放り出してしまえば良いんじゃないだろうかと、心の中で神に念を送った。

しかし返事は帰って来ない。あ、これ駄目なパターンだ。


「ルシフェルが感じてる時の可愛い顔をじっくり見たいから、まだ駄目。仕事が終わって時間に余裕が出来てから。」
イーノックがそう言って鼻先に口づけると、きゅんとしたルシフェルは大人しく腕の中に収まって目を細める。

ミカエルは畜生と心の中で吐き捨てて、とりあえず二人の邪魔をすべく折れたペンをぶん投げた。