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イーノックの執務室には、今日もカリカリとペンの走る音が響く。
ついでに、耳触りの良い低音が歌うように絶えず何かを話しており、更に声の主は構ってとばかりに背中に張り付きその手元を覗き込んでいる。
「おいイーノック、聞いているのか?…折角私が助言してやっていると言うのに。」
ルシフェルはそう膨れるが、残念ながら誰がどう見ても邪魔な嫌がらせである。
イーノックはこのお邪魔虫によく耐えた。本当によく耐えた。
しかし、いい加減彼も我慢の限界…と言うか、これ以上遊んでいては今やっつけている書類が間に合いそうにない。
「あ、それとも先刻のなぞなぞの答えが解らないから拗ねてるのか?ふっへへ、子供じゃあないんだから。」
子供はどちらかと言う文句は飲み込んだ。子供扱いをすると機嫌を悪くするこの子供は、叱って追い出すよりも自分から出ていきたくなる状況を作る方が簡単だ。

「では今度は私から貴方に一つなぞなぞだ。」
にやりと唇を歪めたその表情は、今までルシフェルが見た事の無いものだった。


「その言葉は三文字だ。」
「ふむ。」
珍しくイーノックが言葉遊びに乗ってきたので、ルシフェルはわくわくと眼を輝かせる。こんな事、初めてなんじゃあないだろうか。しかも仕事中なのに。
どんな問題が出て来るのか、否応なしに期待は高まる。
「最初は『ま』で始まる。」
まくら、マロン、マック…はイーノックは知らないだろうな。

「それは人間の身体の一部だ。」
まゆげ、まつげ、かなり絞られてきたな。何だ簡単じゃないか。
「最後の文字は『こ』だ。」
「んんっ!?」
その瞬間、思わず変な声を上げてイーノックを凝視してしまう。しかし彼の唇は止まらない。

「その付近は毛で覆われていて。」
「え、お前、ちょ…。」
「刺激を受けると濡れたりするんだ。」
「待てって、待て待て…。」
ずい、と足を一歩踏み出し、ルシフェルに近付く。
ゆっくりと、しかし確実に近付いてくる褐色の肉体に、指を鳴らす事も忘れて狼狽えた。

「ルシフェルのはとても綺麗な色をしているな。」
「はぁぁぁぁ!?」
ちょ、待ていつ見た!何で知ってる!

パニック状態のまま、あっという間に壁まで追い詰められ、気がつけば顔の横に手がやって来て緩い檻が作られる。
ぎゅっと目を閉じて身をすくませると、イーノックの低い声が余計に耳を擽った。
「ルシフェル、もっとよく見せて…。」
「っ…!!」


「貴方の、ま な こ。」


「………は?」
ぎゅっと閉じていた瞼を開き、弾かれたように正面を見ると、そこにはニヤニヤと微笑むイーノックの顔があった。
「え…。」
「だから、まなこ。瞳だよ。」

血液なんか無い筈なのに、顔中がかあっと熱くなる。
誰だコイツが清いとか言った馬鹿は!神か!ちょっと説教してくれる!!

真っ赤な顔のまま、バカバカと子供の悪口のようにイーノックを詰ると、ルシフェルは指を鳴らして消えてしまう。
後に残されたイーノックは、愉快そうに笑ってから仕事の続きをすべく椅子に座ってペンを手に取った。