モーレツア太郎


まるで犬か何かのようにふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでくるルシフェルを、さてどうやって移動させようかと内心で頭を抱えた。
汗臭いのだろうか。いやでも今日はずっと書き物しかしていないから汗などかいていない筈だし…ああでも人間はただ座っていても汚れるものだ。天使である彼にすれば充分不快な匂いを発しているのかもしれない。どうしよう。

「る、ルシフェルその…。」
「ん?ああすまない。邪魔をしたな。」
検討違いな事を言ってすいと離れていくルシフェルを慌てて引き留める。
彼の綺麗な顔があんなに私に近付いたのを、喜びを覚えこそすれ邪魔などと。
「いや、それは大丈夫だ問題無い。貴方が邪魔などと思った事は一度も無い。…それより…その…。」
「ん?」
「わ、私は不愉快な匂いを発していただろうか…。」
意を決してそう尋ねた。のは良いが、軽く「そうだな汗臭い」などと言われたら立ち直れないかもしれない。
余程必死な顔をしていたのだろう、ルシフェルは何だお前その顔はとけらけら笑い始めた。その後でそんな事は無いと首を振ってくれたので、私はそこで漸く安心して息を吐く。
「他の人間とは匂いが違うなと思って。」
「え?」
「香油とかそんなんじゃあ無いんだ…何なんだろうこの匂いは。」
そう言って再び鼻先が首にやって来る。空気を吐き出さない筈の鼻腔からすんすんと音がして、何だか擽ったい。
いや違うそうじゃないそれよりも。

「貴方は他の人間にもこのような事をしたのか!?」
「安心しろ、ちゃんと犬や猫の形をしていたから怪しまれてはいない。」
そう言う問題じゃない。ルシフェルが、彼が他の人間に鼻先を……ああ駄目だ想像するだけで…。
口惜しかったが、がしりと肩を掴んで彼を引き剥がすと、正面に見据えて懇願した。
「お願いだ、他の人間にはしないでくれ。」
「お前がそれを望むのなら、まぁ良いんじゃないかな。」

分かっているのかいないのか。可愛らしい顔で首を傾げるこの天使に、きっと私はどれだけ掛かっても敵わない。