ときめく


突然だが私はあのイーノックとやらが嫌いだ。まぁ確かに人とは思えないくらいの綺麗なアストラルはしているがね、でもそれだけだ。天界に来るのは勝手にすれば良いと思うが、私がわざわざ教育係をしなければならない理由が解らない。他にもっと適役な奴が居たはずだろう?

「お前、好きな花は何だ?」

唐突に、しかも不機嫌そうな口調で投げられた質問に、イーノックは躊躇いながらも答えを返す。
「名前は知らないんだが、山で時折見かけた、紅くて凛とした花が好きだった。」
それを聞いてどうするのだろうとか、何か裏があるのではとか、そんな事は一切考えず素直に出された答えはルシフェルには何故か予想外だったらしく、数度ぱちぱちと瞬くと首を傾げて何やら物思いに耽る。
イーノックはその行動をどう取ったのか、視線をさ迷わせながら少しもじもじとして褐色の肌をほんのりと赤くした。
「こんな事を言っては貴方に少し失礼なのかもしれないが、…人目を惹く美しさが、貴方によく似ていると思ったんだ。」
それに驚いたルシフェルは今度こそ声を出す。

「好きな花が私に似てるのか?」
「貴方は何よりも最初に創られた天使なのだろう?ならば花が貴方に似ているんだろう。」
そう返されるとルシフェルは顎に手を掛け、何かに納得したようにふむと声を漏らすと、イーノックの上から下までをじっくりと眺め回した。これはこいつの見方を改めねばならない。

携帯に触れると、画面が光って先程まで見ていたページが現れた。
そこには、どこぞの時代の文豪が、嫌いな相手に喧嘩を売った時の文句だとか言う言葉が表示されている。

『青鯖が空に浮かんだような顔しやがって、てめえ好きな花はなんだ』

お前は私が好きなのかと飛躍したルシフェルの思考は、結局その後実を結んだ。