部屋へ…


二人仲良く並んで神の前に居るのを見た時に、気付くべきだった。ミカエルは今でも後悔している。

「神よ、どうか、どうか何卒…。」
泣きそうになりながら切々とそう訴えたが、神はその願いには答えずただ悲しそうな顔で首を横に振るだけだった。
「そんな…。」
顔中に絶望の色を張り付けて思わずその場に突っ伏す。神もミカエルの嘆きには心から共感しているらしく、目を伏せて丸くなった背を撫でると、疲れきったようにため息を吐いた。


その事態が起こったのは、下界時間で一時間ほど前の事である。
いつも通りに一日の仕事を終えたミカエルは、その日の疲れを癒すべく少々重たい足取りで自室への道のりを辿っていた。
今日の夜はどうしよう、とりあえずは昨日買ってきた新作スイーツを食べるとして、その後は映画でも見ようかそれともブログを書いてネットサーフィンでもするか。
そう言えば今日は週末ロードショーで有名なアニメ映画をやるんだった、よしそれを見ようと決めた辺りで部屋の前へと到着する。


嫌な予感は、した。

それでもありったの勇気を振り絞ってドアを開き、思わず一度扉を閉めた後、たっぷり一分程間を開けてノックをし、更にそれから数十秒が経過してから再びノブを回す。
そして、天界中に響き渡らんばかりの大声で部屋の中に向かって怒鳴り付けた。

「人の!!部屋で!!セックスを!!するな!!!」

全くもってこれ以上無い程正論である。
どうしてこうなったと頭を抱えてその場に崩れ落ちるミカエルの目の前には、上半身裸でルシフェルの上に馬乗りになっているイーノックと、同じく上半身裸で這いつくばりベッドのシーツを握りしめているルシフェルが居た。
ちなみに上半身裸とは言ったが、下半身はシーツで見えないだけなので、本当に上半身だけが肌なのかそれとも下半身までやっちまっているのかはミカエルの目からは確認が出来ない。確認したくもないが。

崩れ落ちたミカエルの頭上に、イーノックの焦った声が降りかかる。
「み、ミカエル大丈夫か…?」
「あっ!や、いきなり、動くなぁ…。」
「す、すまないルシフェル!」
その心配をする気遣いがあるのなら人のベッドで最後までやってるんじゃないこの馬鹿野郎。

その後ベッドの上で一悶着あった末に、ようよう二人がベッドから下りてきたので、ミカエルはその場に正座するように命じて人物は腕を組み仁王立ちで立ちはだかった。まるで少し前に神の部屋でミカエルが見たのと同じ光景である。
こいつら神の部屋でもやらかしたのか、とミカエルはその時漸く二人が叱られていた理由を知り、情けなさやら何やらで再び崩れそうになるのを気力と根性でどうにか持ちこたえさせた。

「で?この暴挙に至ろうと思った理由を簡潔に説明しなさい。」
低く響く声は一見すると落ち着いているようにも聞こえるが、ミカエルの背後には明らかに修羅とか鬼とか呼ばれるような恐ろしい形相の何かが降りている。
その辺の下級天使ならば額が割れるほど地面に頭をぶつけたであろうが、しかしそこは流石天界きってのトリックスター、ミスター傍迷惑ことルシフェルだ。弟の渾身の怒りくらいはあっさりといなす事が出来る。

「たまには変わった場所でしてみようかなと思って。」
その方が盛り上がるだろ?と、お前も嬉しいだろ?のノリで言われ、ミカエルは生まれて初めて兄に対して明確な殺意を抱いた。
片やイーノックはそれでもまだ反省の色をその顔に乗せていたのだが、口ごもりながら放たれた内容に、反省などと言うものは夢か幻かフィクションなのだなとミカエルは色々と諦めるしか無かった。
「ルシフェルの肌を他人の目に晒したくは無かったんだが…神とミカエルまぁなら良いかなと。」
良くないわ馬鹿野郎お前かお前が発案なのか。

「…下界のラブホにでも行けばどうですか。」
あれほど高く掲げていた「こいつらどうにかする」の矜持はあっさりと崩れ去り、がくりと首を項垂れたミカエルはそれだけ呟くのが精一杯だった。

ちなみにそれが切っ掛けでルシフェルとイーノックがラブホ巡りにはまってしまい、業務が滞りまくってミカエルが再び神に泣きつく羽目になったのは、また別の話である。