「やぁ、イーノック。そろそろ休んだらどうだ」
にこやかに微笑み彼の前に姿を現せば、イーノックは嬉しそうに顔を綻ばせ頷く。
堕天使捕縛の最中、僅かな休息。その度、私を見詰めるイーノックの熱い眼差し。
見られている事にさも今気が付いたかのように驚いた表情を作り小首を傾げれば、彼は顔を真っ赤に染め上げて謝りながら俯いた。

可愛い、愛おしい、イーノック。疑う迄もなく、彼は私を愛している。
劣情に塗れた青い瞳は今の私にこの上ない歓びを与えるが、まだ、足りない。
大天使たるこの身では愛し合う事はおろか、触れる事さえままならない。
人への愛で堕ちていった堕天使達の気持ちが、まさかこんな所で理解出来るとは思ってもいなかった。
甘い誘惑が、耳朶の奥で疼く。
私を求めるイーノックの視線が、背中を押した。

堕天使捕縛を果たし、ほっと息を吐くイーノックの前に立つ。
一瞬訝しげに眇められた目が何かに気付いたようはっと見開かれた。
「私が、分かるか?」
黒い髪はぞろりと伸び、我ながら青白く不健康だった肌は益々蒼褪めまるで死人だ。
全身を覆う鈍色の鎧は今まで捕縛してきた者達と同じで、少し気分が悪かった。
けれど、これで、やっとおまえと触れ合える。
姿形は変わってしまったが、おまえならきっと分かってくれる筈だと問い掛けると、イーノックは瞠った目を歪め、頷き、そして叫んだ。

「・・・何故だ!」

震える唇から言葉が洩れるのと同時に、青い目の熱情は見る見る内に冷め、凍てつき、涙の滴となって零れ落ちる。
「あなたを・・・天使のあなたを愛していたのに!」
冴え冴えとした眼差しに映るのは、堕天使の私。揺れるそれが、イーノックの嫌悪を、嘆きを、伝えてくる。
「私の、私のルシフェルを返してくれ!」
イーノックの手から音を立てて落ちたアーチ。
逃げ去る足音に、遠退いていくおまえの心に、私の世界の壊れる音がした。



END (BGM:KARA-KURI-DOLL〜Wendy Dewのありふれた失恋〜)