惚れる


今日も今日とて天界の書記を一手に担う書記官イーノックは、思念により形成された机に向かいせっせと羽で出来たペンを走らせていた。
天界の紙とペンであるからなのか、それとも彼が恐ろしく器用なのか、誤字脱字書き間違いの類いとは縁が無く、膨大な完成書類の中にも周りにも、書き損じの紙は一枚も見当たらない。

「調子はどうだ?」
丁度一区切りがついた辺りで、そんな声が響きイーノックは背後を振り返った。
そこには予想通り、可愛い恋人が手土産らしきものを持ってにこにこと立っている。
「大丈夫だ、問題無い。どれも順調に進んでいる。」
ペンを置くと腕を広げて近付く黒い影を受け入れ、ハグをしてから互いの頬に口付けた。
ルシフェルは、イーノックがすぐさま仕事を休めて自分に構ってくれた事に機嫌を良くし、未来から持ち込んだケーキの箱を机に置くと、勝手知ったる部屋の中、いそいそとお茶の準備を始める。
紅茶を淹れてフォークを並べ、さてでは箱の中からケーキを出すかと、机に広げられた書類を寄せるべく手を伸ばしたその時。

「…おい、これは何だ。」

うず高く積まれた書類の内、恐らく一番最近書かれたであろう一枚に目が止まった。

「何って…昨年度の人間の魂の循環率における決算報告だが?」
何を言っているのか、と言う顔でイーノックは首を傾げたが、ルシフェルの表情がそれを聞きたいのはこっちだと語っている。

その紙に記されているのは、莫大な桁の数字と、訳の解らないデータやら比率やらグラフやら。
とにかく一見しただけで面倒臭と解る計算や数式が、これでもかと言わんばかりにみっちり並んでいる。
「お前は書記官だろう。」
「いや、だから、そうだろう。地上でだって、徴収した税金の記録や給料の計算なんかは書記官の仕事だろう?」

それは経理とか出納係の仕事だろうとルシフェルは思ったのだが、同時にそうかこれ位の時代は経理の概念が無いのかとはたと気が付いた。
つまり、イーノックは今まで延々と、この膨大な計算をミス無しにやってのけていたのである。
文系だから数字は不得手なのかと勝手に思っていたが、苦手どころかとんだ理系人間だ。

「ルシフェル…?」
「イーノック好き!!あと今度電卓持ってきてやるからな!!」

思わずルシフェルが惚れ直したのてイーノックに飛び付いたも仕方ないだろう。
イーノックは訳が解らないながらも、再び抱き着いていたルシフェルの腰をぎゅっと抱き締めて彼をあやしていた。


何度となく「掘れる」と誤変換した