奪う


イーノックがその日の仕事を終えて自室へと帰ると、ベッドの上にこんもりと黒い塊が乗り掛かっていた。


ルシフェルにベッドを奪われた。


一体何がしたいのか、眠るでもなくベッドの中央をどんと陣取り蹲っているので、思わず呆れ混じりの溜め息を吐いてその背中に声を掛ける。
「…どうしたんだ?」
「お前のベッドを奪ってやった。」
いやそれは見れば解るが、と益々困ってしまい硬直して眉を寄せた。
先程の言葉から察するに、どうやら私からベッドを奪うと言う行為自体が目的らしいが、何故そんな事をするに至ったのかと言う原因は未だ不明である。

「ふっへへ、困っているな?」
ニヤニヤと笑う顔は非常に可愛い。のだがいかんせん眠い。それはもう。
「奪ってみると良い。」
団子形態を解除し、手足を伸ばして横向きに転がった恋人にそんな事を言われれば、本来ならば狼に変化して欲望のまま襲い掛かってしまうのが正しいと解ってはいるんだ。

だが、しかし。
「ルシフェル、本当に、すまない。」
そう一言謝ると、ルシフェルを腹の上に抱えてベッドにダイブした。腕はルシフェルを抱き締めるだけで、撫でたり擦ったり揉んだりなどと言う普段の動きはしていない。

「眠い。」

そう言って意識を手放す寸前に見たものは、呆れた顔のルシフェルだった。
起きたら埋め合わせはするから。