いちばん近くできみの恋を見てきたんだ


「私達には刺激が足りないと思うんだ。」
突然宣言された言葉に本を読んでいた手を止めると、イーノックは愛しい愛しい声の主を見上げて首を傾げた。

「何処か行きたいのか?」
言われてみれば確かに、どちらかの家でまったり過ごすとか、一緒に近所に買い物に行くとかそんなものばかりで、デートらしいデートはあまりした記憶が無い。映画ですらレンタル開始を待って家で見ているのだから、ルシフェルがそんな発言をするのも尤もだと納得していた。
しかし、ルシフェルの瞳は闘志のような何かに燃えたまま落ち着く様子が無い。
「違う、そう言うんじゃなくて!」
「ん?」
はてでは一体何だろうかと、ちゃんと本を置いて向き直ったところ、それまで立っていたルシフェルはイーノックの膝の上に乗り掛かって首に腕を回し抱き付いた。

「お前、私と初めてキスした時の事覚えてるか?」
脈絡も無く投げ掛けられた質問に、それでも答えを示そうと記憶を手繰る。


「…すまない。」

暫くしてイーノックの口から零れたのは、そんな言葉。
初めてのセックスならともかく、いつがファーストキスだったかなんて覚えていない。初めて舌を入れたのなら何とか…いやしかしそれも曖昧だと考えながら謝った。
「別に謝らなくても良い、私だって覚えていないんだから。でもその覚えていないと言うのが問題なんだ。」
二人とも覚えていないのが問題?とイーノックの頭は混乱する。ジンクスか何かだろうかと首を傾げていると、ルシフェルは言葉を続けた。
「私達は物心ついた時から付き合っていたから、片想いとかすれ違いとか、そんなものに全く縁が無かっただろう?告白の言葉もファーストキスの緊張も覚えていないだなんて、悔しいと思わないか?」

何の冗談かとイーノックは思ったが、目の前の端正な顔は本当に悔しそうに歪んでいる。
確かに、気づいた頃には互いが隣に居たし、幼稚園に入る前から何度もキスをして好きだと囁きあっていた。ラブロマンスに出てくる主役達のように、葛藤したり緊張したりした記憶は一切無い。喧嘩すら滅多にしない関係は、端から見れば刺激の無い退屈な関係に見える事だろう。
しかし、イーノックは頷きはしなかった。

「ルシフェルを堂々と愛せないのも、ルシフェルに堂々と愛して貰えないのも嫌だ。」
真顔でそう言い切ると、ふてくされたルシフェルを抱き締めて顔中にキスを落とす。
あやすように触れてくる唇と真っ直ぐに愛を訴える言葉を受け入れつつ、ルシフェルも応えるように口付けを返した。
「一人でこの気持ちをもて余すなんて無理だ。もうルシフェルを知ってしまったんだから。」



ちなみに此処はルシフェルの家で、ルシフェルの部屋は双子の弟であるミカエルと共有で。
よく訓練されたミカエルは、頼むから自分の目の前でそれ以上してくれるなと祈りながらそっとイヤホンに手を伸ばした。