内緒話


額と額をこつんとくっ付けて、交互に囁きながらクスクスと笑い声を漏らす。
その様子は二人の美しい見た目も相まって、まるで絵画から抜け出した人物ではなかろうかとの錯覚を見る者に抱かせる。

頬に、こめかみに、鼻先に、唇に。触れるだけのキスを何度も交わしながら腕を伸ばして相手を求め、決して離さないとばかりに抱き合った。
交わす言葉はどれもこれも他愛の無いもので、未来の道具についての複雑な説明から今夜の食事内容まで、話すという行為を目的にした会話は途切れる事無く穏やかに続く。
やがてその内容は、この場に居ない天使達の噂話へと変化する。噂話とは言っても最も清らかな人間と天使の間で交わされる言葉だ、悪意の類は一欠片たりとも存在しない。
幾人かの天使の名前が出た所で、そう言えばと、ふと思い出したようにルシフェルが呟く。さくらんぼのような唇に、真っ白な人差し指を押し当てて、しぃっと息を吐いてからこう続けた。
「内緒だぞ?」
「うん?」
茶目っ気たっぷりに笑う顔は悪戯をした後の子供のようで、何となく嫌な予感はしたのだが、ルシフェルにぞっこんなイーノックはそれを気のせいだと自分に言い聞かせて続きを促す。


「アザゼルの部屋で、蚊取り線香焚いてやったんだ。」
「………。」
どうしてそんな事を。きっと今自分の顔は凄く困ったような顔をしているんだろうとイーノックは思ったが、その微妙であろう表情を隠したり変えたりする気は無かった。
そんな言葉にならない問い掛けに、蝿だけでなく蝉まで集まって喧しかったからだとルシフェルはあっさりと返答する。ちなみに蚊取り線香の威力は先日下界に降りた際に経験済みである。



「ルシフェル此処かぁぁぁぁあぁ!!!!!!!!!」

絶叫と共に勢い良く扉が開かれたが、その時既に黒い大天使は残り香だけを置いて消えていた。