微糖


ぎゅうぎゅうと抱き締められ、何故か首筋に鼻を埋めて匂いを嗅がれた。
肉の身体は持っていないから汗はかかないし、そもそも匂いを発生させるような造りにはなっていない。のだけれども、こうもくんかくんかすーはーとされては落ち着ける訳も無く。

「…おい。」
「ん?あ、すまない。不快だっただろうか。」
飼い主に怒られた犬のようにしょんぼりと眉を下げて言われると、何故かこちらが悪いような気になってくるから不思議なものだ。
「いや、別に構わないが…私の匂いなんか嗅いで楽しいのか?何の匂いもしないと思うんだが。」
強張らせていた腕から力を抜いて好きなようにさせると、お許しの出たイーノックは再びふんふんと鼻先を擦り付けて来た。全く以て犬である。
「そんな事は無い。甘くて良い匂いがするぞ?」
「は?」
機嫌良さそうに言う顔は嘘をついているようには見えない。大体そんな嘘を吐く必要も無いのだが、どうにも納得がいかず思わず返事をする声が荒くなる。

「そんな訳があるか、無味無臭の筈だ。」
「味もするのか!?」
何故か目をキラキラとさせる姿に、だからしないと言っているだろうと言ってはみたものの、相変わらず話を聞かないコイツにはまるで無駄だった。
「ヒトの表面は汗やら何やらで僅かに塩辛い筈だが、天使にそんなものは無縁だ。だから味もしない。」
溜め息混じりに解説してやれば、イーノックは早速自分の腕をぺろりと舐めて頷く。ちなみにまだ片方の腕で私を抱き締めたままだ。
「ふむ、確かにしょっぱいな…あなたの肌も舐めて良いか?」

何を、とも思ったが、これは私が言い出した事であるし、取り敢えず何事も実践してみたい年頃なのだろうと深く考えずに許可を出す。と。

思い切り首筋にかぶりつかれた。おいお前、さっき自分にした時は舌先がちょっと触れるくらいだったのに。これは一体どういうつもりだ。
「…凄く甘い。天使は皆こうも甘いのか?」
お前は何を感じ取っているのか。いやそれよりも、無い筈の心臓がどきりと高鳴った事だけは、知られる訳にはいかない。
無理矢理にイーノックを引き剥がして離れると、申し訳なさそうに下がる眉と目尻が私を捕らえる。
「すまない、貴方を食べてしまいなんて思ってしまった。」

別の意味でなら幾らでも食わせてやるよ馬鹿と、思った私の方が余程馬鹿なのだろうけど。