あと3時間で恋に落ちる予定です


時間の感覚というものが無くなっているのだという認識は何となくあった。
例えば食事の時、普段はいつの間にか出来上がっているものを食べているので気付かないが、稀に自分で調理をしようとした時、どのくらいの時間煮込めば良いのか、焼けば良いのか。地上であれだけ手慣れた行為だったにも関わらずさっぱり解らなくなっていたのだ。
他にも仕事をしている時、幾ら書こうが読もうが、疲労も眠気も感じず、一息ついたその時に出来上がりの山を見て驚くということは頻繁に起こる。

「なぁルシフェル。」
「ん?」
「私がここに召し上げられてからどのくらい経つ?」
細い身体を背後から抱き締め首筋に頬擦りをしながら訪ねると、ルシフェルは考えるように少し頭を傾けてから、ゆるゆると首を振った。
「すまない、過去と未来を行き来している所為でどうにも時間の感覚が曖昧でね…一万年は経っていないと思うんだが。」
多分百年から千年の間だろうと勝手に見当をつけ、やはり時間の感覚が鈍っているのだと確信を得る。自分の中では、まだ一年も経っていないのだ。

「どうかしたのか?地上が恋しくなったか?」
軽く訪ねているようで、その瞳の中に微かな不安が浮かんでいるのを認めたので、安心させるように微笑んで髪を撫でる。
「私の居場所は貴方の傍だ。貴方の居ない場所に未練など無いよ。」
そう言うとルシフェルはほっと息を吐いて肩の力を抜き、ならどうしたんだと今度こそ軽い調子の声で聞いてきた。
「天界では時間の流れを遅く感じている筈なのに、貴方と居ると地上に居る時のように…いや、それ以上に早く時が過ぎ去っていく。それが不思議で堪らないんだ。」

髪に頬に首筋に、ちゅっちゅと口付けをしながらそう言うと、途端にわくわくした顔で口付けを返してくる。
「なら、私と二人きりの時は時間を止めてやろうか。」

なるほど、それなら私の体内時間の異常も少しはマシになるかもしれない。しかし、非常に嬉しい申し出ではあるが、丁重にお断りする事にした。
「貴方と過ごした時間を積み重ねていくのも大好きなんだ。」
一分一秒でも、長く貴方を独占したいから。