鼓動


分厚い胸板に耳を寄せると心地よいリズムが響き渡って、もっとその音に浸りたくなり思わず目を伏せる。

「…あの、ルシフェル?」
困ったように自分の名を呼ぶ声は空気越しでなく直接その身体から響いているので、普段よりも少しだけ深い音としてルシフェルの身体に染み渡った。

「人間は心臓の音を聞くと安心するらしいな。」
ルシフェルがゆっくりとそう告げれば、イーノックは不可解だったこの行動の意味を理解したようで、ああと頷いてから白い身体を抱き締める。
「その気持ちは解る気がする。天使もそうなのか?」
ルシフェルの髪はツンツンとした見た目に反して触れるととても柔らかく、イーノックは猫の毛によく似たそれを撫でるのがとても好きだった。

「人間が鼓動の音を聞くと安心するのは、母親の腹の中に居た頃を思い出すからだそうだ。」
「なら、ルシフェルは心音を聞いても安心したりはしないのか?」
それは少し寂しいが、種族が違う以上越えられない壁と言うものは存在する。
「ああ、お前以外の心音なんて聞いても詰まらないだけだろうなぁ。」

とろけそうな眼差しで胸に擦り寄ってくる姿はどう見ても安心しきった猫そのもので、先ほど感じた一抹の寂しさなどあっという間に吹き飛んだ。