人前でイチャつく趣味はあります


太い指が不器用そうに何かを叩き、眉を寄せたまま時折小さな唸り声を上げる。
お手上げだ、と言いたいのだろうが生憎そう言う訳にもいかない。イーノックはちかちかとする目を一度閉じて暫く休めると、ふうと大きく息を吐き出して再びそれと格闘すべく居住まいを正した。
するとそんなイーノックの元に、青い影がふわりと近寄る。

「ああ、ミカエル。」
「やあ、どうしたんだいそんな難しい顔をして。」
普段ならこんな時はルシフェルが付きっきりで傍に居るのに…と最後までは言わずに尋ねると、イーノックはこれなんだと苦笑しながら手を差し出した。褐色の手のひらには、ルシフェルのものとよく似たデザインの真っ白な携帯が握られている。
「ルシフェルに貰ったんだが、さっぱり使い方が解らなくて。」
苦笑しながら頬を掻く様子は何とも微笑ましい限りで、私で解る範囲なら協力しようとミカエル申し出たその時、電子音と共に機体が震え、誰かからの着信を告げた。
わたわたと慌てるイーノックは電話の取り方すらままならないらしく、ミカエルは早速助言をしようと後ろから覗き込み、画面を見て固まった。

『着信:わたしのかわいいルシフェル』

イーノックが何も知らないと思って好き勝手してやがると呆れ、いっそのこと登録名を『黒いアレ』にでも変えてやろうかと思ったが、必死に携帯と戦うイーノックを更に困らせる事にしかならないと気付いてそこはぐっと我慢する。
しかし口には出さずとも心の中に渦巻く奔流は止める事が出来ず、何だわたしのかわいいルシフェルって、掛ける時に一々「わ」で検索しなければならないのか馬鹿か堕天してしまえと思った辺りでちょっと説教してやろうと諸悪の根源の元へと飛んだ。

ミカエルがその場所に到着した時には通話は終わっていたようで、嬉しそうに黒い機体を弄ぶルシフェルは兄弟が何の目的で自分を訪れたのか心得たようにそれを差し出して見せる。

『まいだーりんイーノック』


「…ルシフェル。」
「ろっと、勘違いするなよこれはイーノックの指定だぞ?」
ニヤニヤとどこか勝ち誇ったように笑うルシフェルの言葉に変な声を出しそうになったが、ルシフェルと二人きりの時はイーノックもルシフェルと同じくらい酷いらしいと言う噂を思い出して言葉を詰まらせた。
そんなものはルシフェルの鬱陶しさを知らない連中の戯言だと思っていたが、どうやら事実だったらしい。
イチャイチャとしながら携帯に互いの番号を登録している二人の姿が容易に想像でき、ミカエルはもう仏心は出さないと言うちょっぴり天使らしからぬ思いに駆られて今度イーノックの携帯を弄ってやろうと心に決めたのだった。