忘れるなんて嫌だったから


「心配する事は無い。」
軽い調子で掛けれた言葉に、無性に安堵するようになったのは一体いつからだっただろうか。
枕代わりに膝を借りて甘えていると、唐突にそんな声が降りてくる。ルシフェルが傍に居ると言うそれだけで、私には心配しなければならない事など見当たらないのだけれど、それを言うと悪戯好きなこの天使は、ふらりと姿を消してしまいそうな気がしたので口を閉じる事にした。
何がそんなに面白いのか、何度も何度も私の髪を掬っては落としその様子を飽きる事無く眺め続けている。

「心配する事は無い。」

再び、同じ言葉が紡がれた。私が返事を返さなかったからだろうかと、寝返りをうって赤い瞳を下から覗き込めば、納得したらしい天使は次のステップへと勝手に進んでくれる。
「もしお前が死ぬような事があったとしても、私が時間を戻してやるからな。」
目を細めて笑うルシフェルの腕を掴んで、思わず飛び起きた。
「ちょっと待ってくれ。」
何だ不満なのかと首を傾げる様子は愛らしく、思わず大丈夫だ問題無いといつもの口癖を返しそうになる。が、駄目だ大丈夫じゃない。

「…時間を戻すという事は、私が貴方と居た時間を忘れると言う事か?」
そうだとしたら非常に困る。例え永久に近い期間だとしても、彼と過ごした時間は一分一秒だって忘れたく無い。
するとルシフェルは何だと笑って優しく額に口付けてくれた。
「大丈夫だ、私がお前の全てを見ているのと同じように、お前の記憶の私を奪ったりはしないよ。」

その返事にほっと息を履いて倒れこむ。
杞憂に終わった悩みは忘れてもう一度膝に頬を擦り付ければ、優しい彼は幾らでも私を甘やかしてくれるので。