もうすぐさよならだから


ルシフェルがその場に立った途端、イーノックはあからさまに狼狽え机の端に足をぶつけた。
何だ何だと驚いてその様子を見ていたルシフェルだったが、青いジーンズの前が膨らんでいるのを認めると何だそんな事かと笑ったので、イーノックはほとほと困ってしまい諦めたようにベッドに腰掛ける。
「いや、これはその…。」
「ああ、済まない馬鹿にしたつもりは無いんだ。悪かったな妙な時に来て。」
素直に謝られて益々居たたまれなさが増し、瞳を見る事すらままならななくて目を逸らした。
ルシフェルはイーノックの頬へと手を伸ばして苦笑を浮かべると、予想もしなかった言葉を口走る。

「私が人間の女だったら、相手が出来たんだがな。」
冗談混じりに言われたそれはどこか寂しそうで、イーノックは思わず、顎を撫でる指先を捕らえて引き寄せた。
「貴方が人間の女だったら、私は今此処には居ない。」

意味が解らないと首を傾げたルシフェルの白い手に口付けると、精一杯の愛情と誠意を込めてその手に縋り付く。なりふり構ってはいられないと開き直ったイーノックは、饒舌だった。
「神に召し上げて頂けるような清い心なんか、持てる筈が無い。きっと貴方に酷い事をしていた。……今だって、貴方が天使でさえなければ。」

痛い程に力の籠もった掌は、その逞しさとは反対に弱々しく震えていて、ルシフェルは思わず顔を赤らめ小さく零す。


「…酷い事では、無いんじゃないかな。」
しっとりと見上げられた瞳に、力の籠もる腕に、互いに誘われるように顔が近付いたのは、仕方の無い事だった。