唸る北風、明日は雪



凍えそうに、寒い。しんしんと冷えた空気が私の前髪を乱し落陽の中を駆け抜けていった。
「・・・ルシフェル」
背後から聞こえる声。振り返る間もなく、武骨な両腕が私の身体を抱き締める。
まるで取り残される事を恐れ縋り付くように。まるで、ではなく正しくそうなのかもしれないが。
「此処は寒いなイーノック」
ふと自嘲気味に言うと、回された腕の力が強まった。
「そうだな・・・これから、何処に行こうか?」
ルシフェルと一緒なら、何処だって構わないが。
囁く声が震えているのは、寒さだけの所為ではないだろう。回された腕にそっと手を添え、一つ頷いて言う。
「もっと寒い所に行こう。雪の止まない、雲の途切れない、光一筋射さない場所に」
厚い雲に覆われた空。その曇天模様を見上げると、視界に映るのは自分の白くぼんやりした息だけだ。神の光の届かない場所に、神の眼差しは届かない。
私の台詞で腕に益々力が篭もる。
「雪の止まない所・・・そうだな、それじゃあ北に」
二人で何処までも行こう。
私の髪に鼻先を埋め、悸く唇から吐き出された言葉はふわりと浮かび虚空へと溶けていった。逃げても逃げても追いかけてくる白い光。
繋いだ手の愛しさが、触れ合う膚の温もりが、交わる心の柔らかさがあれば。
何処までも、いつまでも二人きりでよかったんだ。
罪深き愛が見咎められ罰せられる事に脅えながら、私達は互いだけを道標に神の息吹から逃げ出す。
永遠と追い掛けてくる、この白い白い光から―――



END