下等恋愛


私は天使であるから、人の子の言う愛やら恋とは無縁である。無縁ったら無縁なのである。

「ふっへへ、そんなに慌てなくても逃げたりしないから、もっとゆっくり食え。」
まるで子供のように口の周りいっぱいにソースを付けたイーノックの頬に唇を寄せると、舌先でそのソースを舐め取ってやった。
「あ、有難うルシフェル。」
イーノックはにっこりと笑うとお返しだとばかりに私に祝福を贈り、私達は暫しの間食事の最中であったのも忘れたように互いに見惚れ合う。
ああ何て可愛いんだろう。思わず甘い吐息が漏れる。

「イーノック、食べ終わったら…な?」
フォークを持つ手にそっと指を這わせてねだると、それとは逆の手で私の頬に触れ、うっとりと囁く。
「ルシフェル、そんな事を言われると先に貴方を食べてしまいたくなる。」
全く、どこでこんな風に私の喜ばせ方を覚えたのだろうか?犬がじゃれつくように無邪気に懐いてくる腕に甘えると、幸せというものが全身にひしひしと染み渡って来る。

「イーノック、ルシフェル。」
「ん?」
「え?」
聞き覚えのある声にイーノックと同時に振り替えると、そこには何故かげっそりとした顔のミカエルが居た。
「どうしたんだ?疲れているようだが…。」
「…どうしたも何も、ルシフェルは堕天する気か。」

さも面倒臭そうなその態度と訳の解らない言葉にカチンときて、思わず未だに頬を撫で続けるイーノックの手から逃れ椅子から立ち上がる。
「何を言っているんだ、私が神を裏切る訳が無いだろう。」
「そうだミカエル、ルシフェルは誰よりも神の事を考えている。」
ほら見ろ、イーノックだってこう言っているじゃないか。しかしミカエルはそれにもめげず主張を続けた。

「愛だの恋だのに縁は無かったんじゃないのか。イーノックとの事はどう説明するつもりだ。」
「イーノックはこの世で一番可愛い人の子だよ。神が私を寵愛してくれているように、私がこいつを可愛がったって良いじゃないか。」
なぁ?と、今度はミカエルではなくイーノックを見つめて、頬から離れ手持ちぶさたになっていた手を握ってやる。

ミカエルが大きく溜息を吐いてその場から消えたのを好い事に、イーノックがその手に何度も口付けた。
愛とか恋とか、そんなのじゃないんだよ私達は。