眠くなってきた



優しく髪を梳いてくれるルシフェルの手は、普段と違い何故か温かい。
鮮やかな瞳を柔和に細めて微笑む様が神々しく、ああこれぞまさに天使であると思わずうっとりとその顔を見つめた。


「これから死ぬかもしれないと言うのに、呑気なものだな。」


その言葉には笑い声が混ざっており、イーノックも釣られたように笑ってから苦しくなって顔をしかめる。
腹部に空いた穴は素人目から見ても明らかな致命傷で、周りに流れ出た血液が草を染め上げていた。既に痛みは殆ど感じていない。

「君が居るからな。」

全ての死の記憶は残っている。
砕ける鎧に、突き刺さる刃、落下する身体。何度目になるのか数えるのも面倒になる程、死の淵へと向かいそして引き戻された。


顔に影がかかり、大好きな白い面が自分のそれと重なる。



離した唇は、彼の瞳と同じように紅かった。


「そろそろ戻ろう。」

瞼の重みが最高潮に達した辺りで、馴染み深い音が聞こえる。一眠りした後はまた、覚えのあるどこかに帰っているんだろう。


これだけは勘違いしないで欲しい。俺が死を恐れないのは、生き返るのが解っているからじゃない。君が側に居てくれるからだ。ルシフェル、君が居るのなら、俺はどんな痛みも恐怖も乗り越えられる。