お爺さんもお婆さんも


「結局、捕えられたのはお前とエゼキエルだけか。」
低く響いた声の内容とは裏腹に、その色は残念そうどころかむしろ愉快そうだと言って差し支え無いものだった。
見ずとも解るニヤけた面を見るのは癪だったが、わざわざ此処まで来たと言う事は何か明確な用件があるのだろう。

消滅、するのだろうか。もうそれでも構わない。妻と子供達を守り切れなかった、世界を守れなかった今、生に未練など一欠片だってありはしなかった。
「…おい。」
いつでも殺せと言おうと顔を上げ、唇の動きが止まる。

透き通るような白い首筋に、くっきりと刻まれた赤い痣。何故だ、だって、お前は天使なのに。
目を見開いて固まる俺が、何を見ていたのか解ったらしい黒服は、いかにもわざとらしい口調で笑う。
「ん?ああコレかい?メタトロン…いや、イーノックと言った方が解りやすいかな。お前だって、よく女共に付けてやってただろう?」
メタトロンの名前は此処に居たって聞き飽きる程に聞いている。イーノックが昇天して天使になったのだと。それなのに、何故だ。天使同士では触れ合えぬと、何度も試した末にそう結論着けた。だから俺は。

「おやおや、どうしたんだそんな顔をして。昔を思い出したのか?駄目だよ、アイツは私のものだからね。」

存在しない脳髄にか、それとも魂に直接響いているのか。じわりと溶け込む声色に暴力的なものなど無いのに瞳にはそれまで知らなかった涙が浮かぶ。

「まぁもっとも、今は天使同士だから、互いに強く想い合わないと触れる事なんか出来ないが。」


なぁ、なぁ。俺は誰を責めれば良いんだ。神か、イーノックか、エゼキエルか。それともこんな事実を突き付けたルシフェルなのか。
始まりは確かに俺の我儘だったけれど、幾ら何でもあんまりだ。