魔女さんこちら手の鳴る方へ


イーノックは大勢の天使から慈しみ愛されて暮らしていたが、彼にとってはどんな言葉を贈られるよりも、赤い瞳の世話人と過ごす時間の方が快感であった。
生憎とその天使の方は、天界で見世物のようになっている彼の世話をしていると言う優越感以外の気持ちは特に抱いておらず、彼特有の気紛れさでもって人間を構っているに過ぎない。

涼しげな目元も薄い笑みも、一つだってイーノックに対して向けられたものではなく、その背後には神か天使か、必ず誰かの影が存在しているのだ。
イーノックは真面目で潔癖であったが、それでも確かに人間であったので、恋もすればその相手と想いを共有したいという欲も持っている。どうにかしてルシフェルに触れたいと考えるようになるのは時間の問題だった。

自分を見てくれない相手を振り向かせる為に取ったのは、あまりにも姑息な手段。
他者と触れ合い、それを慈しみ。貴方以外にも相手は居るのだよと柔らかく示してやれば、プライドの高い彼は簡単にイーノックを見てくれた。

子供の独占欲のようなそれを享受出来る程度にはイーノックは人間の大人であったので。
まるで目隠し鬼のように、他人がイーノックの名前を呼ぶ度に足を向ける、可愛いひとの表情を見て今日もまた一人ほくそ笑む。