ずるいから好きです


天界へと召し上げられて数週間、イーノックはひしひしと感じたのは、此処はえらく自由…と言うか、呑気であるなという事だった。

例えば、今隣に居るルシフェルと言う名前の天使なのだが、彼の仕事は神の目となり耳となり、未来の情報を神に伝える事であるらしい。
時間を渡り神の目となるなどと聞けば、さぞ忙しく働いているのだろうと思うが、実際の所は未来の写真やビデオを撮ってみたり土産を買ってみたりと、観光の報告のような事が大半であると彼は笑っていた。

「俺の仕事もそんな感じだしなぁ…。議会の本会議が始まればもう少し違うのかもしれないが。」
ルシフェルのくれた未来の菓子を摘みながらそう呟くと、彼はココアの入ったお気に入りのカップを置いて口を開いた。

「これは未来の学者が発見したんだが。」
「うん?」
「蟻は全体の二割が遊んでいる。」
「蟻?」
唐突な話の展開に着いていけず、思わず間抜けな声を出してしまう。
「そう、蟻だ。働き者のイメージが強いが、実際はそれほどでも無いんだ。ちなみに、遊んでいる二割を完全に取り払うと、今度はそれまで働いていた蟻の二割が遊び始める。」
「良いのかそれは?」
「遊んでいる蟻が食べ物を見つける事だってあるからな。それに、本能のようなものだから良い悪いじゃないんだ。で、これは人間にも当てはまる。二割はどうしたって遊ぶんだ。」
そこまで聞いて、彼が何を言いたいのかに気付いた。

「…つまり、天使もそうだと?」
「ああそうだ。ただ、天使は働いているのが二割だがな。」
頑張れよ!!と思わず心の中で叫ぶと、それが顔に表れていたのだろう、ルシフェルがまぁ聞けと手を振ったので続きを促す。
「人間や蟻は働かなくては食べていけないが、天使はそうではない。衣食住に不自由していないから、仕事は半ば趣味のような扱いなんだ。」

納得出来るような出来ないような微妙な理論ではあるが、恐らく事実なのだろう。未だ短い天界生活ではあるが、少なくとも生きる為に働いている天使は見た事が無い。
「お前は真面目だからなぁ。」
皺の寄る俺の眉間を眺めているのか、頬杖を着いて目を細め、小さく笑い声を漏らすルシフェルは何処までも天使で。だからきっと、飢えに苦しみ昼夜を惜しんで働く人間の気持ちは解らない。それが良い事なのか悪い事なのかは、俺も解らないけれど。

「働いていないと、落ち着かないんだ。」
「ふぅん……なら。」



「私の世話でもしてみないか?」
何を、と言い掛けて、その耳が薄らと桃色に染まっているのに気が付いた。
可愛い、とひとたび感じてしまえば後は坂を転がり落ちるかの如く彼に対する感情は膨らんで行き。言葉も出せずに頷くと、嬉しそうに微笑まれて熱が上がる。

建前ですらないその告白に、溺れる時間ならばたっぷりあるから。