タイムマシンは持ってる


『もしも過去に戻れたら』『あの時もう一度やり直せたら』
下らない下らない。何度やり直したところで動かせない運命というものはあるし、他人の心はそう易々と変わらない。
まぁ、時間を操れば運命を変える事が出来ると信じられる無知は、それはそれで幸せなのかもしれないがな。


「ルシフェル様、不機嫌ですね。」
「えぇ、もう一週間もあの調子なんですよ。」
アークエンジェルのひそひそと話す声が嫌でも耳に入って来る。
一週間だと?いいやもうかれこれ二ヶ月はこうしている。それもこれも全てあの唐変木の所為だ。いい加減に私を見ろあの堅物!

指を鳴らす度に私ばかりが好きになっていくなんて、正直な所埒が開かない。
こうなったらもう襲うしか無いと天使らしからぬ決意を持って、唇を噛むと指を鳴らした。


***


「…え?」
ベッドに押し倒されたイーノックは、目を白黒させて驚きに言葉も出ないらしい。

「ふっへへ、可愛いなぁお前は。」
服越しに下半身を擦り付けると、禁欲生活の長い身体は直ぐに反応を見せて堅くなる。
身体は正直だなと未来の本のような事を思いながら引き締まった腹筋の感触を掌全体で楽しみ、熱い体温を受け取った。
「待っ…。」
「待たない。」
舌なめずりをして自らのシャツのボタンに手を掛ける。するとまた布越しのイーノックが膨らんだのが解って嬉しくなった。

「ルシフェル様、お待ち下さい!」
しかし、流石は清廉潔白を認められて召し上げられた男である。どれ程の葛藤があったのかは知らないが、大きく息を吸ったかと思うと次の瞬間べりりと引き剥がされた。この筋肉は見かけ倒しでは無いらしい。

…いや、そんな事よりも。
「どうして敬語なんだ。」
「……。」
抵抗は予想の範囲内だったが、まさかそんな他人行儀な態度を取られるとは思っておらず、思わず眉が寄る。
すると見つめた先では、イーノックが物凄く困った顔で言葉を選ぶと、迷ったような素振りを見せてから口を開いた。

「未来では、私は敬語では無いんですか?」

…成る程そうか。

「お前は過去のお前なのか。」
「私は時間を飛べないので、貴方が未来の貴方なんだと思いますが。」
確かにそれはイーノックの言う通りだ。そうか私ばかり時間を感じていたような気がしていたが。まさか本当に私ばかりが時間を感じていたのか。うっかりしていた。

イーノックとの距離が近くならない理由を理解して一人納得していると、顔を赤くした彼からぼそぼそと言葉が続けられる。
「未来では。」
「ん?」
「未来では…その…貴方と俺は、こういう事を…。」

その表情に、可愛いなぁとつい頬が緩む。
嘘を吐く訳にも、かと言って真実を伝える気にもなれず。取り敢えず黙って鼻の頭に祝福をしてやった。
今度はちゃんと、同じ時間を過ごすから。覚悟していろよ?