裏切りは良くないよ


「地上に堕ちた天使達を裏切り者だと思うかい?」

情事の後の睦言にするには不向きな内容では無いのか、と。眉間に皺が寄るのが解る。

ルシフェルはそれを気にした様子も無く、甘えたように鼻を鳴らして巻き付く腕の主に擦り寄った。
イーノックの胸板に滑るルシフェルの手は真っ白な色をしてか細く、逆らうものを引き裂き死の淵から人一人を簡単に救い出す強さはどこにも見当たらない。

その手を取って指先に口付ける。細くて、長い。それに比べてそれを掴む手は、まるで戦を生業としている者の手のように大きく厚みがある。
相変わらず話を聞かないねと言う声が無ければ恐らくそのまま思考の海に呑まれていただろう。しかし、ルシフェルはそんなイーノックに怒った様子も焦れた様子も見せず、幼子を相手にするかのような優しい口調で今度は別の問い掛けをした。


「もし、私が君を裏切ったら。どうする?」
「…裏切る?」

物騒な内容に、思わず飛び起きて彼の顔をまじまじと見つめた。突然何を言いだすのか。ルシフェルが自分を裏切るだなんて、そんな事。



「私が君の前に敵として立ったら。どうする?」


見る者を魅力する自信に満ちた微笑み。その奥で微かに揺らめく本心を汲み取れるのは自分だからだと、少しは自惚れても良いのだろうか。

「大丈夫だ、問題ない。」


握る手に力を込め、断言する。敵?味方?いいや、俺達はそんな関係では無い筈だ。

「君が何処に行こうが、俺は君と共にある。」

ルシフェルの張りつけたような笑顔が次第に剣呑なものへと変化する。一体誰がこの姿を想像するだろうか、もしかしたら神すらも知らないのではないだろうか。
満足感で胸が一杯になったところで、更に調子に乗ることにした。

「そうだな…君がもし俺以外の者に肌を許したその時は。」

そこで言葉を区切ると、ルシフェルに覆い被さり剥き出しのままだった彼の分身を握り込む。

「君を殺して俺も死のう。」

痛みと快楽の混ざる何とも言えない強さで握られ、隠し切れない熱い吐息が胸元に散った髪を揺らした。