男心と秋の空


「イーノックの何処がそんなに良いのか。」といったような内容の事を問われ、思わずむっとして答えた。
「どういう意味だ?」
「いえ、変な意味ではありません。確かに彼は好ましい人間ですが、ルシフェル様とはそれだけの関係では無いでしょう?」
そう言われて沸き上がった怒りが収束するのが解ると、ふむ、と頷いて顎に手を掛ける。要するに、何処に惚れたのかとか付き合うようになった切っ掛けはとか、その類の質問か。


「無いな。」
「へぇ……って、え、無いんですか?」
「確かに、アイツは優しいしセックスも上手だし一途で浮気もしないし、恋人としては申し分無い。だがそれは全てこんな関係になって解った事だから…何に惹かれて付き合うようになったかと聞かれると…そうだなこれと言って無いな。」
そう呟きながら、自身でもその理由を探るように記憶を巡らせる。が、しかし。

「うん、やっぱり無いなぁ。」
良い奴だし一緒に居て心地好いと思ったのは事実だが、それが決定打かと問われれば返事に窮する。イーノックと付き合う以前ならむしろラファエルやガブリエルの方が好きだったかもしれないとさえ思った。勿論、恋愛感情を含まない純粋な好意としての『好き』ではあったが。

好意の理由が一向に浮かんで来ない心に、これでは自分があまりイーノックの事を好きでは無いみたいではないかと何故か苛立ちを覚えて唇を噛む。
格好良いだろう男前だろう綺麗な魂だろう残念ながら髪の一本まで私のものだふっへへと、存分に見せびらかして自慢したいのに、一番良い部分が解らないなんて。非常に不本意だとこうなったら意地でも付き合うようになった切っ掛けを思い出してやろうと記憶を辿った。

相手の天使も、直ぐに惚気が飛んで来るものだとばかり思っていたらしくきょとんとした瞳を向けている。
「ルシフェル様から告白したのでは無いんですか?」
「いや違う。イーノックが私を好きだと言ったからそれに応えたんだ。…ほだされた、のかもな。」
そうだ、子犬が捨てないでと訴えるかのような瞳が可愛くて、そんなつもりは無かったのに気付けば囁かれた愛を受けていた。一途で真っ直ぐな想いが、どうにも心地好くて。

「ああ、そうだ。アイツの一番好きな所は、アイツが私を一番好きな所かな。」
みるみると機嫌を直してそう笑むと、その愛しい相手に触れるべく、合わせた指先に力を込めた。