真逆様


愛していると告げた言葉は、その厚い唇から飛び立ってから普段よりも少しゆったりとした速度で彼の耳へと歩いて行ったらしく、紅い瞳を数度瞬かせてから漸くルシフェルは悲しそうに俯いて首を振った。

「それは…ルシフェルが天使だからか?」
サリエルの言っていた通り、天使と人間の愛が違うと言うのならば。彼が人間である俺の愛を理解出来ず、また受け入れる事が困難であるのも仕方がない。
けれど、そんなイーノックの予想はルシフェルの返事にあっさりと覆される。
「違うよイーノック。お前が人間だからだ。」

次にその瞳が重なった時、いつもの希望の朝焼けのような色は無く、代わりに憂鬱と痛みを混ぜた血の色が悲しそうに震えていた。
「天使は一度愛した相手を裏切ったりはしない。天使の愛は静かに己と相手に染み渡り永遠に途切れる事が無いんだ。…だから、人間の一瞬で熱く燃えて……消えてしまう愛は、私には解らない。」

切々と訴える言葉はどれも硬くて冷たくて、嗚呼この身で燃え滾る愛でそれを暖めたいとイーノックは思ったけれど、彼は腕の一本すら伸ばすことが出来ずに結局ただ立っている。
「なぁ、どうして人間は愛した相手を愛せなくなるんだ?私はお前達のそんな所が恐ろしくて堪らない。」
眉を寄せて訴える姿は悲痛とすら呼べ、普段の高潔な大天使からは想像すらつかない。そんな表情を引き出したのが自分であると考えれば、少しは救われるのかもしれないけれど。

「私もお前を愛しているけれど、私はそれ以上にお前が怖いんだ。人間が、怖いんだ。」
どうすれば伝わるのだろう、この身に溢れる彼へと想いが。
どうすれば伝わるのだろう、その想いは決して褪せないと言う事が。

「それでも、俺は貴方を愛し続ける。」

腕は、最後まで伸ばせなかった。