痛みみたい


どんな手を使ったのか、肉の身体を手に入れたルシフェルは、人間特有の「痛み」とか「苦しみ」といったものに酷く興味津々で、今日もまた、嬉々とした表情で俺にそれを求めてくる。
「なぁ、なぁ、イーノック。今日は目を潰してくれないか。」

好きな相手に、そんな満面の笑みで生臭い事をねだられる俺の気持ちを少しは汲んで欲しい。思わず溜息を吐いてしまうのも仕方ないだろう。
「顔は駄目だと言っただろう。」
「でも前に耳は削いでくれたじゃないか。」
「…脳にまで傷が行って、死んだらどうするんだ。元に戻れなくなるぞ。」
そう説得すると、しぶしぶ引き下がるが完全に納得はしていないようだ。だが、どうしてこの美しい顔に刃を向けられよう。誓って俺に変な性癖は無い。

ルシフェルは堕天した訳ではない。ただ、少しの間神から肉の身体を与えて貰っただけ。
だから、どれだけ痛め付けようがこれまで通りに指を鳴らせば肉体の時間は戻り、傷一つ無い美しい肌が帰ってくるのだ。
だからこそルシフェルもこんな無茶な要求をし、俺も「殺さない程度で、顔と左腕は手を出さない。」と言う条件のもと、不本意ながらこうして応えていると言えよう。

「肉の身体は脆いんだな。」
「天使が丈夫過ぎるんだ。」
緩く頭を振ってから、尖った顎に手をかけて赤い目玉を舐め回した。

「取り敢えず、今回はこれで勘弁してくれ。」
貴方が喜ぶのならそれで良いけれど、少しは俺の望みも聞いてくれたって良いだろう?