天知る地知る我知らず


イーノックは魂のその清らかさで以て天界へと召し上げられただけあって、本当に清らかである。

…ちょっと、清らか過ぎではないだろうか。

何の為に私がこの真冬のクソ寒い中シースルーのシャツ一枚で過ごしていると言うんだ。いや天界は年中春であるし天使は寒さも暑さも平気だけれども。
今日だってそうだ、折角二人きりになって手を繋いで良い雰囲気になったから、目を閉じて唇を突き出し待っていたのに。アイツは額に口付けただけで終わりやがった。本当にどういう事なんだ。

これで何の告白もしていないと言うのならまだ許そう。しかしだ、イーノックは大分昔に私に愛を告げている。しかもちゃんと「貴方を私のものにしたい。」とまで言い切った。なのに!!何故!!
男を見せろ私をお前のものにしてくれもう我慢の限界だ。

シャツの前を全て開けると、思い切ってベッドに押し倒すように抱きついた。逞しい首筋に鼻先を寄せると、イーノックはくすぐったそうに笑って私の肌を撫でる。
「美しい肌だ。」
ああそうだろうともお前の為に毎日手入れは欠かしていないからなさぁ来い。

浄化するような手付きで開いた胸元を撫でられると、気持ちが良くてついうっとりと目を細めてしまう。
「ん…」
「はは、まるで猫のようだ。」
そう笑いながら何度も手を往復させる。が、一向にそれ以降の行為へとシフトする様子が無い。
この手付きで、こんないやらしい触り方をしておいて触るだけだと言うのかコイツは。

情けない事に触られただけで腰が砕けてしまった私は、立てない動けないで奴に襲いかかる事すら出来ず、情けない声で名前を呼ぶ事しか出来なかった。
「い、イーノック…。」
「ん?」

見下ろす視線はどこまでも優しく、欲は見えない。
「今日は此処で寝る。」

最後の足掻きとばかりにぎゅっと抱きついてそう言ったが、それでもイーノックは解ってくれなくて、嬉しそうに微笑んでいつもの口癖を言っただけだった。
「大丈夫だ、問題無い。」
自信満々の笑みで返すのは良いがこっちは大丈夫じゃない問題だ。
普通は逆だろう人間のお前が欲を抱いて天使の私がそれをさらりと躱すんだろう何なんだこいつはそうかお前が天使か。
口の中だけで文句を飲み込むと、暖かい腕に身を任せて瞼を閉じた。


イーノックは、眠りに落ちたルシフェルの髪を優しく撫でながら愛しげな眼差しでその白い肌を見つめ。

「次はどんな事をしてくれるんだろうな。」

ルシフェルには絶対に見せないような愉快そうな笑顔でそう呟いた。