宝の山持ち腐れ


案内されたその場所は、世界のどんな図書館も適わないであろう量の書物で埋め尽くされており。そのあまりの素晴らしさに感嘆の息を漏らす事すら忘れてただただ惚けたように立ち尽くしていた。
案内をしてくれた天使は、勿体ないことにこれらの書物には殆ど関心が無いらしく。「好きに読んで良い」とは言ってくれたが自らその本を手に取ることは無かったし、この広い空間には自分以外の姿は無かった。

(折角、素晴らしい図書館なのに。)
そうは思っても口には出さず。あまり使われていない一角に机を陣取りそれらの書物を片端から読み耽っていると、黒い髪に赤い目をしたそれはそれは美しい天使が現れて「君が、人の子か?」なんて、まるで見世物でも見るかのような好奇心丸出しのキラキラとした瞳で聞いてくるものだから。思わず少し笑ってしまった。

天界とは、本当に不思議だ。


「私はルシフェル、何かあれば遠慮無く言ってくれ。」
美しい天使は俺の笑いに軽く疑問を覚えたようだが、特に追及するような事はせず。それからと言うもの、ことあるごとに俺の事を気に掛けてくれた。
俺の方も「貴方の手を患わせるなど」と言っていたのは最初だけで、視界の隅に映るだけで癒される美しい姿を拒否し続ける事など出来る訳も無く。結局はそれを享受していた。


***


「イーノック、寝ているのか?」

静かに響く声は心地好く、その声に誘われて眠ってしまいそうになったが、何とか瞼を開いてそれに答える。

「此処に来た時の事を思い出していた。…今でも思うが、この図書館は宝の持ち腐れだな。」
「お前は他にももっと重大な宝を持ち腐れていると思うんだが?」
何故か少し拗ねたようにルシフェルにそう言われて首を傾げたが、彼は直ぐに視線を逸らしてしまったのでそれ以上の追及は諦めた。

俺としては、持ち腐れているつもりは無いんだがな。