弱く抱くわよ


突然の風は、予想以上に激しいもので。
目の前の細い身体が飛ばされてしまうんじゃないかと不安になり、思わず腕を伸ばして抱き締めた。

「……っ!」
急に抱き締められたルシフェルは、何事かと驚いたようにその赤い目を見開いて俺の方を見た。
少し、力を入れすぎてしまっただろうか。

しかし、そう思ったのは一瞬で、次の瞬間、俺の腕は驚く程の強い力でべりりと引き剥がされた。
「何をするんだ。」
「あ、いや…風が強かったから、飛ばされてしまわないかと思って。…余計な心配だったようだな、済まない。」
苦笑混じりに言い訳ると、そうか言っていなかったのかと首を傾げながら唇を開く。
「この肉体はかりそめのものだから、細さと力は比例しない。お前よりも強いぞ、私は。」

ああ、そうだよな大天使だものな。少しだけがっかりしながら、申し訳ないと謝ると「私の事を思っての行動なのだから謝る必要は無いだろう。」と、いつもの薄い笑みを浮かべながら返してくれた。
良かった、どうやら怒ってはいないようだ。


そんな事にばかり気を取られていたイーノックは、ルシフェルの耳がほんのり赤く色付いていることに気が付かないまま、旅を続けるべく再び道を歩き始めた。