聞く気


昔から、喋るという事がどうにも苦手だった。
頭の中では、それなりの返答を思い浮かべてはいるのだが、それをいざ口に出そうとすると、そっけない一言になってしまったり、前後の文章が抜けて誤解を招くような内容になってしまったりと、どうにも上手く行かない。黙って身体や手を動かす方が、何倍も楽だ。

彼のぺらぺらとよく回る舌が、羨ましいと思った。
頭の中で考える前に、それら全て口に出しているのかと思う程の内容が次から次へとその薄い唇から紡がれていくのを見るのは、何だか少し楽しい。
白く清潔に並んだ歯や真っ赤な舌先がちらりと覗いて、つんと尖ったり引き伸ばされたりと様々唇が形を変え、穏やかで耳触りの良い声が鼓膜を震わせる。

彼が、話すという行為をしている姿が、とても好きだ。
自分には決して真似出来ないその行為が、何だかとても可愛らしい。

「聞いているのか?」

聞く気は、あるのだが。生憎俺にとって重要なのは内容じゃないんだ。済まないと思いながらも、俺は口下手だからと心中で言い訳をして一言返す。
「大丈夫だ、問題無い。」