今日も天界は良い天気だ。


It's fine



「お前もそう思うだろう?イーノック」
朗らかに言い振り返れば、柔らかい微笑みを浮かべたイーノックが頷く。
金色の髪が天界の暖かく穏やかな空気にふわりとたなびいた。優しいイーノックの匂い、気配、その他全ての彼を構成する要因。
褐色の力強い手を取り、口端ににこりと笑みを乗せる。
「今日は何処に行こうか。そうだ、この前言っていた知恵の樹の所なんてどうだろう」
そうしよう、と言うようにイーノックは頭を縦に振り私と共に歩を進める。
のんびり、ゆっくりとした歩調。もう急ぐ必要はないのだ。もう大洪水計画も、墮天使の捕縛も、全て終わったのだから。
白い雲の床を踏み締め、軽い足取りで目的地へ向かう。
いつも通り、私が饒舌気味に話し掛け、イーノックが温和な様子で時々頷く。たまに通り過ぎるアークエンジェル達は微笑ましそうにそれを眺める。全知全能たる神は鷹揚として私達を見守っている。
なんて穏やかな日常だろう。これからはいつまでもこんな日々が続いていくのだ。素晴らしいと思わないか?なぁ、イーノック。
そんな私の浮かれた台詞に、愛情深い笑みのままイーノックはゆったり首肯する。
益々気分は上昇し、鼻歌でも歌いたくなってきた。幸福の縮図が今此処にある。
うきうき歩く私の足元の雲に、僅かな隙間が見えた。
そこから覗く、青い海原。太古の昔と変わらない全世界を覆う広大な海。

そう、大洪水計画は終わった。成し終わったのだ。
全ては神の総意のまま成し遂げられた。
あれからイーノックは笑って私の隣にある。前と変わらぬ、澄んだ微笑みを浮かべたままで。ずっと。
「幸せだな、イーノック」
そう告げればイーノックはただただ微笑み頷く。
ああ、今日も天界は良い天気だ。
きっと明日も、明後日も、ずっと。


END