異国情緒ってやつ?


慣れている、と思った。
何もかもが初めてだらけの私とは違い、イーノックは地上に居た頃に女と致した事があるらしい。
嫉妬をしようにもその女はとうの昔に死んでいるし、子を為すためだけと割り切っていたその行為に後から私が文句を言った所で彼を困らせるだけだと分かっている。
それに、首筋を這う唇も胸の先端を引っ掻く指も、今は私だけのものだ。だから、その事自体に不満は無い。
ただイーノックが知っている事を私が知らないと言うのが、ちょっと悔しいだけ。

「ん、あ、ちょっと待て。」
甘い空気の最中、顔を上げさせ取り出したのは未来の叡知。何も知らないまま行為に及ぶのは流石に怖く、性の情報がオープンな未来で書物を大量に仕入れて読み漁り、色々と知識を得てきた。これはその内の一つである。

「女とは違うから、これで濡らしてくれ…。」
ローションをイーノックに渡してそう言うと、彼は暫く不思議そうに容器を眺め回していた。
しかし、蓋の開け方が解るとどういった用途のものなのかは理解したらしく、躊躇うことなく中身を手に取り掌で少し暖めてからぬるりと私の下半身に手を伸ばした。
「何の匂いもしないんだな。」
「そういうものだ。」
「貴方はもっと、果物の香りが付いているような方が好きなのかと思った。」

ん?

「お前、これを何だと思ってるんだ?」
食物と勘違いしてはいけないからと、わざわざ無香性のものを選んで購入してきたのに。何で匂いが付いてる方が好きとかそんな事が言えるんだ。
それじゃあまるでこれが何か知っているような口振りじゃないか。

「何って、ローションだろう?」
待て。いや本当に待て。
あっさりと返された答えに驚いて目を見開く。

「どうして名前なんか…」
この時代にこんなものは無いのに。混乱を隠す事も出来ずにそう言うと、イーノックは何を言っているんだと、さも愉快そうに笑いながら言って私の頬を撫でた。

「ルシフェルが未来で買ってきた本を、書庫に片付けてるのは誰だと思っているんだ?」

さぁっと、顔から血の気が引いていくのが自分でも解る。嘘だろ、あれは私が読んだ後は読みたがってた神に預け……神!!

元凶の名前を心中で絶叫する。
しかし時既に遅く、イーノックは私の反応に構わず続けた。
「俺も男相手は初めてだったから不安だったんだが、あの本のお陰で色々勉強する事が出来たよ。」

自信満々に笑む顔をここまで憎らしく思った事が今まであっただろうか。実戦経験に未来の知識まで追加され、もう完全に私の打つ手は無い。
「優しくする。」

耳元で囁く逞しい身体に半ばやけくそで抱きつくと、全てを彼に任せるべく目蓋を閉じた。