我流


女は煙草の煙を吐き出すと、何を入れるのか判らない小さなカバンから財布を取出し、いつものようにその中の何枚かを私に寄越した。

「ハイこれ。今日の分。」
「嗚呼、いつも有難う。」
最初にこんな事をするようになったのはいつだったか…まぁ良い。女を抱いて金を受け取るなんて、まるでどこかの業者の広告のようだなんて笑った事もある。
それが今では他のどのバイトよりも高収入なんだから、全く世の中は判らない。

「ルシフェル…これって…。」
私が紙幣を片付けていると、それに気付いた彼女が、触れるか触れないかの微妙なラインで脇腹の痣を示す。
「気にする事は無い。倍にしてやり返してやったからね。」
泣きながらただ殴られていたのは中学までの話で、それなりに力が付いてからはやり返す事も覚えた。
その所為で標的が弟に変わった事は計算外だったが、今ではあのアル中親父よりも私の方が強い。弟も日に日に成長しており、彼を守りながら生きるのも、恐らくあと少しの期間だろう。

「君こそ、大丈夫か?」
そう言いながら脱色して傷んだ髪を撫でる。幾度か持ったこの関係の中、互いの事情をぽつりぽつりと話していく内に、彼女とは妙な友人関係のようなものが出来上がっていた。
「有難う。ルシフェルは優しいね。…私もルシフェルみたいな人を好きになれれば良かった。」
彼女は絶対に私を好きにならないから、こうして軽口を叩くことが出来る。そして、私もそれを甘んじて受け入れられる。

「ねぇ、話聞かせてよ。ルシフェルの好きな人の話。」


***


「ルシフェル!」
「やぁイーノック。おはよう。」
久々にちゃんと学校に来た気がする。実際はただの三連休だったのだが、イーノックの顔を三日も見なかった事実は私に少なからず疲労と苛立ちを植え付けていた。
学校なんてイーノックに会う為に通っていると言って差し支えない。
本当なら学校など辞めて働き金を貯め、一刻も早く弟を連れ家から出たいのだが、そんな事をすれば私の愛する彼はきっと悲しんでしまう。

よく日に焼けた褐色の肌は、服の上からでも判る程に筋肉が隆起して惚れた欲目でなくとも格好良い。
私は女を抱く時、いつも『彼ならこんな風にするだろう』と想像をしながら手順を辿っている。
イーノックに抱かれたいと思った事も、それを想像して自慰に耽った事も数えきれない程あるが、その度に綺麗な彼を汚してしまったような罪悪感に駆られて心臓が痛む。

手すら触れない距離はもどかしいが、きっと私と彼はこれで丁度良い。私が彼を汚してしまわないように、私の想いが気付かれないように。


だから、イーノックが私の顔を見つめて拳を握り締めた事なんて、知らない。