さめざめという擬音がこれ以上もなく似合う程静かに、悲しげに、ルシフェルが泣いていた。
「っどうしたんだ!?」
慌てて駆け寄りその涙を拭う。拭っても拭っても頬を伝う涙は綺麗だが、俺の心を酷く揺さ振る。
一体何があなたを悲しませているんだ。俺に出来る事なら何でもするからどうか泣き止んで欲しい。
おろおろルシフェルの様子を伺っていると、漸く俺の方を見て小さく呟いた。
「心臓を、なくしてしまったんだ」
ほら、と言いながら胸に当てていた手を退ける。見れば、本来そこにも在るべき筈の白い肌はなく、ただ暗く赤い穴がぽっかりと空いていた。
「何処に落としたんだろう。とても大切なものを仕舞っていたのに」
このままだと私はそれを失ってしまう、と再び声もなく涙を流す。
そんなルシフェルを見ていると俺の心はまるで自分の心臓をなくしたかのようにずきずき痛み、とてつもない苦しみで荒れ狂う。
そこで俺は泣くルシフェルの手を握りしめこう告げた。
「まだ間に合う。二人で捜そう」

神の指の上、アークエンジェルの背中に、下界に下りて背徳の塔まで。
そこらじゅうを駆け巡り隅々を覗き色んなひとに聞いて回ったが、ルシフェルの心臓は何処にも見当たらない。
そうこうしている内にルシフェルの顔からはどんどん表情が失われ、その『大切なもの』が失われてきているのが目に見えて分かるようだった。
「もう、いいんだイーノック。きっとあれは私が持っていてはいけないものだったんだろう」
ひっそり言うルシフェルへ大きく頭を振り、弱気な言葉を叱咤するよう強く抱きしめる。
「大丈夫だ、問題ない。俺が必ず見付ける」
もしもどうしても見付からない時は代わりにはならないだろうが俺の心臓をあげよう、と考えついた瞬間ふいに気が付いた。
自分の心臓のすぐ横、温かく脈動するそれ。
はっと俯いて自分の胸を開き覗き込む。
「あっ・・・」
そこには、二つ仲良く並んだ赤い心臓。
「こんな所にあったのか」
そうっとルシフェルの心臓を取ろうとして、その鼓動が耳に入る。空耳かと思う程小さな囁き。
ああ、そうか。ルシフェルの言っていた大切なものは。
「・・・ルシフェル、俺の大切なものを貰ってほしいんだ」
貰って、くれないか。
にこりと微笑み俺の心臓を差し出す。俺の伝えたい事をルシフェルは過たず理解したようで、白いかんばせをさっと桃色に変え、恥ずかしそうに頷いた。
それから、ルシフェルの心臓もルシフェルもずっと俺と共にある。


END