生意気


正直、最初は「何でこんな生き物が」と思った事もある。
我々天使よりも遥かに脆弱で、脆い。更に誘惑にもすぐに負ける。
神は何を思って人間と言う種をお作りになられたのか。アダムとイヴを見て私はそう思ったものだ。

そして、次に沸き起こった感情は、嫉妬。あれだけ神の寵愛を受けておきながら、どうして神を裏切れるのか。
怒りに近い感情が腹の中でぐるぐると停滞し、やがて私にある一つの想いを植え付けた。

『人間は嫌いだ。』


そんなある日、遂に天界に人が上がって来ると言う噂を耳にした。神め私に報せなかったなと思わず眉を寄せたが、報せようが報せまいが神の言葉は絶対なのだから、事前に聞いた所で何の意味も無いと諦めて息を吐くに留める。
エルダー評議会で働かせるらしいが、本当に何を考えているのやら。

そう、思っていたのに。

イーノックに出会ってから、心の中に新たな感情が次々と芽吹いて、自分で自分を制御出来なくなる。心に広がる感情のスピードに追い付けない。

日溜まりのような笑顔、崇高な精神。
こんな人間が居たのかと、天使の私ですら驚きを隠せなかった。

しかも、イーノックは私の心を掻き乱すだけでは飽き足らず、何と私に対して愛を囁き始める始末だ。私がその告白を聞き、喜びに打ち震えるなんて。
嗚呼、人間が嫌いだと言う言葉は撤回するよ。生意気だ。君たちは本当に。

こんなにも愛しいなんて、こんなにも欲しいなんて。天使に欲があるなんて、思ってもみなかった。
全部お前の所為だからなイーノック。責任、取って貰うぞ?